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January 18, 19
スライド概要
移り変わりつつあるがん薬物療法
滋賀県立総合病院 公開講座「まなびや」2018年
滋賀県立総合病院 化学療法センター 腫瘍内科医
移り変わりつつある がん薬物療法 滋賀県立総合病院 消化器内科/化学療法部 後藤知之 1
がんはどこから来るのか? ▪ 四体液説(黒胆汁説) • ギリシア時代のガレノス(2世紀頃)からウィルヒョウ(1858年頃)まで ▪ ウイルス発がん説 • ラウス肉腫ウイルスの発見(1911年) ▪ 化学発癌説 • パルシヴァル・ポット 〜 煙突掃除夫と陰嚢癌の関係(1785年頃) • 山際勝三 〜 コールタールによるウサギの発がん(1915年) ▪ ウイルス・化学物質・X線などはいずれも変異原として 細胞に遺伝子変異(遺伝子異常)を起こさせる • ブルーム・エイムズ 〜 発癌物質と遺伝子変異の関係(1975年) ▪ がんは遺伝子異常の積み重ねで起こることが明らかに 2
細胞・DNA・遺伝子のおさらい 細胞 生物の最小単位 染色体 父と母から 1つずつ受け継ぐ DNA 二重らせん構造になっていて さまざまな 遺伝子 ヒトは2万種類の遺伝子を持ち さまざまな機能をもつ 蛋白質をコードする 徐々に遺伝子の傷が増えてゆき 最終的に細胞が「がん化」する 3
同じ臓器のがんでも、遺伝子異常の種類は多彩 J Clin Oncol 2010, 1254-1261 ▪ 同じ臓器のがんでも、どのような遺伝子異常があるかで がん細胞の性質も、治療の効き具合も異なってくる 4
がん薬物療法の中で重要性が高まる分子標的薬 ▪ いまや、がん薬物療法において無くてはならない存在 ▪ モノクローナル抗体薬 • VEGFを阻害する アバスチン(ベバシズマブ) • CD20陽性細胞に効果を示す リツキサン(リツキシマブ) • HER2陽性細胞に効果を示すハーセプチン(トラスツズマブ) ▪ 少分子化合物(チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が多い) • EGFRの過剰な活動を抑制 タルセバ(エルロチニブ) • Bcr-AblやKITの働きを阻害 グリベック(イマチニブ) • ALK転座阻害 ザーコリ(クリゾチニブ)、アレセンサ(アレクチニブ) 5
がん細胞の性質に応じて治療を決める時代 ハーセプチン 乳癌 胃癌 大腸癌 HER2陽性 HER2陽性 Lancet 2010, 687-697 Lancet Oncol 2016, 738-746 6
次々と見つかるがんの遺伝子異常 肺癌 BRAF変異 0.5-1% BRAF阻害剤 HER2増幅 2-3% HER2抗体 ALK遺伝子 RET遺伝子 1-2% RET阻害剤 KRAS変異 ROS1遺伝子 3-5% EGFR変異 3-5% ALK阻害剤 8-10% 40-55% EGFR-TKI 7
臓器の違いを超えて 複数の腫瘍が共通の治療標的となる変異を持つ 悪性 黒色腫 乳 癌 胃 癌 大腸癌 肺癌 膵癌 甲状腺癌 急性骨髄性 白血病 ▪ 臓器横断的にがんの薬物療法を行う時代へ 8
臓器別の治療から遺伝子異常別の治療へ ▪ 従来のがん治療 • それぞれの臓器別に、異なる薬を使う • 胃癌には、胃癌の薬 • 肺癌には、肺癌の薬 • 乳癌には、乳癌の薬 ▪ がんゲノム医療による治療 • 遺伝子異常ごとに薬を使い分けるため、 異なる臓器でも同じ遺伝子異常なら同じ薬を使う • 胃癌でも乳癌でも、遺伝子Aの異常なら遺伝子Aへの薬 • 肺癌でも甲状腺癌でも、遺伝子Bの異常なら遺伝子Bへの薬 9
がんと診断されたら 網羅的な遺伝子異常解析 治療D 治療A 治療B 治療C ▪ 肺癌だから、大腸癌だから、といった臓器別ではなく 個々のがんの遺伝子異常に応じて治療を選ぶ ▪ 個別化治療=プレシジョンメディシン(Precision medicine) N Engl J Med 2015, 793-795 10
日本国内で利用可能な網羅的がん遺伝子検査 ▪ 日常診療に取り込まれるには至っていない • 日本国内では、治験あるいは自由診療として実施されている 名称 参加条件 実施可能な施設 MSK-IMPACT 海外 自由診療 70~80万円 現在最も多くの遺伝子異常に対応 米国に検体を送付する必要がある 東北大病院 順天堂大病院など オンコプライム 海外 自由診療 80~100万円 日本国内で初めて利用可能となった 米国に検体を送付する必要がある 京大病院 岡大病院など NCCオンコパネル 国内 臨床研究 日本人に多い遺伝子異常に絞り開発 国立がんセンター 現状では日本での網羅的がん遺伝子 検査の本命 東大オンコパネル 国内 臨床研究 MSK-IMPACTを基にしている プレシジョン検査 国内 自由診療 70~80万円 東大病院 慶応大病院 11
日常診療に取り込むにはまだ課題も多い ▪ 検査費用の問題 • 検査代だけで70~100万円(健康保険外) ▪ 検査時間の問題 • 結果が判明するまで1ヶ月以上 ▪ 実際の有効な治療につながらない問題 • 検査を受けても実際には治療を受けられないことが多い • 多くの場合は治療薬が、「未承認」か「保険適用外」である • 治験に参加するか月額数十万円の薬剤費を自己負担するか • さらに治療を受けてもそれが有効であるとは限らない • 遺伝子異常に応じた薬の奏効率が特別高いとは限らない • 通院可能な範囲でこの治療を実施できるとは限らない • 自費診療は公的な「副作用被害救済制度」の対象外となる • 実際に治療を受けられる人は10~15%前後と言われている 12
ではどうすればよいか? ▪ 現状では既存の「標準治療」にまさるものではなさそう • まずは診療ガイドラインなどにある標準治療を受けることを勧めます • すでに有効性が実証されている手術や治療薬があるならば その治療を行うことのほうが(ほとんどの場合は)メリットが大きい ▪ 「標準治療」が効かない・治療薬を使い果たした局面で 場合によっては選択肢の一つとなりうる • ただし「夢の新治療が見つかる」わけではない • 希望もあるが課題も多い技術。メリット・デメリットを良く考えて判断を 13
「標準治療」って一体なに? ▪ 標準治療とは、「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用で きる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患 者さんに行われることが推奨される治療」 ▪ 最先端の治療が最も優れた治療とは限らない ▪ 最先端の治療は、臨床試験により評価され それまでの標準治療より優れていることが証明されると その治療が新たな標準治療となる 国立がん研究センターがん情報サービス ganjoho.jp 用語集 14
標準治療は科学的根拠に基づいて作られてゆく ▪ 「権威ある人(教授?専門家?)が言ったから」ではなく 科学的根拠に基づいて治療の有効性を厳密に検証され 標準治療そのものが徐々に優れたものになってゆく ▪ Evidence Based Medicine (EBM) 科学的根拠に基づく医療 ▪ 「からだに良さそう」 「理屈上は有効なはず」 ではダメ! 「玄米と有機栽培野菜の自然食」はからだに良さそうだが、 これでがんを治すことはできない 15
ガイドラインとはなにか ▪ 診療におけるガイドラインとは 「重要な医療行為について、エビデンスの評価、益と害のバランスなどを 考量し、推奨を提示して意思決定を支援する文書」 ▪ 標準治療をはじめとする 推奨される治療をまとめたもの ▪ 各種がんやテーマごとに 様々なものが発行されている ▪ 最近はネット上で公開される ものが増えている 16
今日のお話のまとめ 1. がんは遺伝子異常の積み重ねで起こり、 同じ臓器のがんでも遺伝子異常によって性質も治療の効果も異なる 2. がんの遺伝子異常を網羅的に調べる画期的な検査が登場しており 臓器を問わず最適な治療が見つかる可能性がある 3. 費用、実施している医療機関、その後の治療につながるかどうかなど 実際には課題が多く残されているため、慎重な判断が必要 4. まずはガイドラインにある標準治療をきっちりと受けることが優先 その後に網羅的がん遺伝子検査を受けたい場合は、 主治医または「がん相談支援センター」にご相談ください。 17