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February 12, 17
スライド概要
分子標的治療と、ちょっと未来のがん診療(滋賀県薬剤師スキルアップ研修会)20170212
滋賀県立総合病院 化学療法センター 腫瘍内科医
第3回 滋賀県薬剤師スキルアップ研修会 2017.2.12 分子標的治療と、 ちょっと未来のがん診療 滋賀県立成人病センター 後藤知之 1
新しいがんの治療薬、検査などが 次々に登場してきています 分子標的治療が実用化されて、 がんの薬物療法は新しい時代が花開いた 2
心臓カテーテルが実用化されたのが1970年代 1929年 ゴム管を腕の静脈から心臓へ挿入 ドイツの研修医フォルスマン サーカス? ノーベル賞! 1977年 心臓カテーテルの実用化 ドイツのグルンディッヒ博士 1980年代 バルーンを用いた冠動脈拡張術 3
消化管内視鏡が普及し始めたのが1970年代 大道芸? 1949年 オリンパスの前身が胃カメラ開発 1970年代 ファイバースコープ式内視鏡で 胃内を直接観察できるように 4
CTが使われ始めたのが1970年代 1968年 ハウンスフィールドがCTを発明 1980年代 現行方式のMRIが普及 5
感染症の治療はかなり早い時期に発展 1928年 1940年 アレクサンダー・フレミングが ペニシリンを発見 チェーンとフローリーが 抗菌薬の感染症治療の有用性を報告 1935年 サルファ剤 1944年 ストレプトマイシン 1948年 テトラサイクリン 1949年 アミノグリコシド 1952年 マクロライド 1961年 アンピシリン 1967年 リファンピシン 6 1971年 セフェム系抗菌薬(セファゾリン
糖尿病治療は? 1921年 バンディングとベストが インスリンを発見 1922年 14歳の1型糖尿病の少年に インスリンが初めて投与された 1954年 1957年 ビグアナイド剤(フェンホルミン) SU剤(トルブタミド) 7
分子標的治療はどのようにして この世に誕生したのか がんの薬物療法が数多く生み出された領域 乳癌 8
がん治療に関する研究は遅れてスタートした ▪ 感染症治療の飛躍的な進歩に比べると、がん治療の研究 は遅れて始まっている ▪ 1970年代はようやく乳癌にCMF療法が認められた時代 ▪ 感染症治療が医療の最重要課題だった時代だった ▪ そもそも短寿命でがんを発病する前に死んでいた ▪ 100年前、がんは女性の病気だった!? 9
がん研究が急激に進むきっかけ「がん戦争」 社会的に がん研究への 機運が高まる National Cancer Act 1971.12.23 10
「がん戦争」は様々な成果をもたらした 検診制度 がん専門病院設立と研修制度 新薬承認プロセス改善 禁煙キャンペーンを含む予防活動 臨床試験 全国がん登録 がんに関する基礎研究 11
がんに関する重要な分子の発見につながった 1971年 National Cancer Act への署名 1979年 ロバート・ワインバーグがneuを発見 1983年 マイク・ウォーターフィールドの下で アクセル・ウルリッヒがEGFRを発見 1984年 デニス・スレイモンとウルリッヒが HER2を発見 neuと同一と判明 Nature 1984, 418-425 Nature 1986, 226-230 12
がん細胞の表面のHER2が治療のカギとなった ▪ がん細胞の表面にHER2が あると悪性度が増す ▪ HER2を治療の標的とする 薬剤ががん治療に寄与する ▪ 当時ベンチャー企業の ジェネンテックが創薬に 取り組んだ 13
ハーセプチンの実用化への道のり 1991年 ハーセプチンのヒトへの初投与 1995年8月31日 1998年3月 1998年5月1日 1998年5月18日 第III相試験はじまる FDAの迅速審査の対象となる 承認への書類が提出される ロサンゼルスのASCOで 臨床試験結果が発表される N Engl J Med 2001, 783-792 14
標的を認識する抗体がHER2乳癌の治療薬に ▪ 乳癌の4人に1人はHER2が 過剰に発現した乳癌 ▪ HER2陽性の乳癌はかつて 進行が早く予後の悪い乳癌 だったが、ハーセプチンで 状況が一変した Science 1987, 177-182 15
HER2が過剰発現した乳癌だけに効果を示す ▪ ハーセプチンはHER2蛋白質を標的にするので HER2がない細胞には効果を示さない(当たり前!) HER2(+) HER2(ー) 16
ハーセプチンのちょっと変わった副作用 ▪ 心筋のはたらきを阻害して心機能を低下させる ▪ 心筋細胞の働きを維持するためにもHER2が存在する PNAS 2006, 15889-15893 がん細胞 心筋細胞 ▪ 乳癌でなくてもHER2が発現していれば治療できる!? 17
乳癌でなくてもHER2があれば治療標的になる 2010年 ハーセプチンのHER2陽性胃癌への 有効性が示される HER2乳癌 HER2胃癌 Lancet 2010, 687-697 18
がん細胞の性質に応じて治療を決める時代 ハーセプチン 乳癌 胃癌 HER2陽性 HER2陽性 大腸癌 Lancet 2010, 687-697 Lancet Oncol 2016, 738-746 19
臓器に応じてではなく、 がん細胞の性質に応じて治療を決める時代 がん細胞に応じて治療を決めることが 最も進んだ領域 非小細胞肺癌 20
肺癌の分類? 小細胞癌 腺癌 扁平上皮癌 大細胞癌 非小細胞肺癌 21
一石を投じたゲフィチニブ(イレッサ) 夢の抗がん剤 薬害問題 22
1998年 イレッサ第一相試験がはじまる 2002年 世界で初めて日本でイレッサ承認 イレッサの 不思議な特徴 効く人にはかなり効く 効かない人には全く効かない アジア系の、タバコを吸わない、 女性の、肺腺癌患者に効く? 2004年 イレッサ奏効因子EGFRを特定 N Engl J Med 2004, 2129-2139 23
2009年 IPASS試験のEGFR変異別解析 EGFR変異肺癌には効く 効く人にはかなり効く EGFR正常肺癌には効かない 効かない人には全く効かない 進行を52%抑える 進行が2.85倍早まる NEJM 2009 947-957 2007年 タルセバ(エルロチニブ)承認 2014年 ジオトリフ(アファチニブ)承認 24
EGFR変異の非小細胞肺癌にはEGFR-TKI 肺癌 N Engl J Med 2016, in Press EGFR変異 EGFR-TKI T790M変異 タグリッソ HGF過剰発現 c-MET増幅 小細胞癌への形質 転換 25
日本人が発見した肺癌の重要な遺伝子異常 2007年 間野博行がALK融合遺伝子を発見 Nature 2007, 561-566 2011年 MET阻害剤として開発されていた クリゾチニブがALK陽性肺癌に 有効であることを確認 Lancet Oncol 2011, 1004-1012 2012年 河野隆志がRET融合遺伝子を発見 Nat Med 2012, 375-377 26
肺癌 ALK遺伝子 セルボラフ(ベムラフェニブ) タフィンラー(ダブラフェニブ) BRAF変異 0.5-1% BRAF阻害剤 HER2増幅 2-3% HER2抗体 RET遺伝子 1-2% RET阻害剤 KRAS変異 ROS1遺伝子 3-5% EGFR変異 3-5% ALK阻害剤 8-10% 40-55% カルプレサ(バンデタニブ) ザーコリ(クリゾチニブ) アレセンサ(アレクチニブ) ジカディア(セリチニブ) ???(ロルラチニブ) EGFR-TKI 27
複数の腫瘍が共通の治療標的となる変異を持つ 悪性 黒色腫 乳 癌 胃 癌 大腸癌 肺癌 膵癌 甲状腺癌 急性骨髄性 白血病 臓器別ではなく遺伝子変異に応じて治療を選ぶことが重要 28
2000年前後から分子標的薬の時代が花開く 日本内科学会誌 104巻3号 449-455より抜粋 29
がんと診断されたら 網羅的な遺伝子異常解析 治療D 治療A 治療B 2015年1月20日 治療C 個々のがんに応じた治療選択 についてオバマ大統領が演説 N Engl J Med 2015, 793-795 個別化医療 プレシジョン・メディシン Precision medicine 30
個別化医療に向けた臨床試験も動き出している 2013年2月 本邦で SCRUM-Japan が始動 当初、EGFR・RET・ROS1・ALKを対象とした その後にプレシジョン・メディシンを見据えて 対象をOncomine panelの143遺伝子に拡大 約200施設、3000症例が参加 2015年6月1日 米国 NCI-MATCH が始動 当初よりプレシジョン・メディシンのために立案された 約2,400施設、多数の臨床試験と連動している 31
個別化医療はどこまで進んでいるか 分子標的治療の発展が待ち望まれるが まだまだ多くの課題を抱えた領域 大腸癌 32
2008年9月 アービタックスが本邦で承認 2008~2009年 2010年4月 有効性予測因子KRASを特定 KRAS変異検査が保険承認 添付文書と乖離 2015年4月 All RAS変異検査が保険承認 2017年春? BRAF変異検査とMSI検査が 保険承認? PD-1抗体(キイトルーダ)を見据え? 33
課題1:やはり癌腫の違いは皆無ではない 大腸癌 EGFR抗体 5% 10% 40-50% HER2増幅 HER2抗体 BRAF変異 BRAF阻害剤? RAS変異 BRAF変異悪性黒色腫では BRAF阻害剤+MEK阻害剤の 組み合わせを使うが、 大腸癌では同じ組み合わせで うまくゆかない!? Nature 2012, 100-103 34
課題2:遺伝子異常を調べるのも楽じゃない 遺伝子異常を網羅的に調べる次世代シークエンサーは 技術革新により格段に安価になったとは言え 普通の血液検査やCT検査をうけるようにはいかない 例:京大病院 OncoPrime 883,980円(検査代のみ)治療費は別! 結果判明までの待ち時間は1ヶ月 有意な結果がでないこともしばしばある 35
課題3:保険適用の壁が立ちふさがる 大腸癌 HER2増幅 HER2抗体 BRAF変異 5% 10% RAS変異 現状では健康保険適用外! 保険適用がない薬を 自己負担で使うのは大変 50% 36
課題4:actionableな遺伝子ばかりではない 大腸癌 EGFR抗体 5% 10% HER2増幅 HER2抗体 BRAF変異 BRAF阻害剤? RAS変異 RAS変異大腸癌は非常に多いが RASに対する分子標的治療薬は いまのところ存在しない actionableでない遺伝子異常 50% 有効な治療薬が見つかるのは 1割程度にすぎない 37
RAS変異が関与する癌は非常に多岐にわたる 悪性 黒色腫 乳 癌 胃 癌 大腸癌 肺癌 甲状腺癌 RAS変異 膵癌 急性骨髄性 白血病 “undruggable RAS”をどう治療するかという課題… 38
RASは標的治療薬の開発が困難な分子 Nature 2015, 278-280 Nat Rev Drug Discovery 2014, 828-851 39 N Engl J Med 2016, 2286-2289
課題5:変異だけで説明できない未知の因子? 右半結腸の場合はEGFR抗体の 効果が極めて乏しい ASCO-GI 2017 Daily News Nat Rev Cancer 2017, 79-92 J Clin Oncol 2017, online first 40
課題はまだまだ多く残されているが、 今後は臓器の別にとらわれない 領域横断的な視点を持つことが重要 プレシジョン・メディシンは 理想ばかりの夢物語ではないが うまく使えばがん治療を良いものにできる 41
私はこの薬に出会えて非常に幸運でした。 しかし、ハーセプチンに究極の乳癌治療薬として 希望を託す女性が増えることにも、懸念を抱いています。 人々は、この薬を受けるための条件を満たす割合(乳癌の うちでHER2陽性の割合)の低さを理解していません。 それに、薬を投与されても効果が出るのは 一部のケースに過ぎないことも。 648試験のハーセプチン著効例の患者 カシー・クルックスの言葉 42