第33回リベラルアーツ研究会「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」

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June 24, 25

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第33回リベラルアーツ研究会@岐阜大学で使用したスライドです.

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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1.

第33回 医学生のための リベラルアーツ研究会 成果や効率性に囚われず, 自己を揺さぶり成長して, AI時代に必要な人間らしさを 身に着けよう! 岐阜大学 脳神経内科学分野 下畑 享良

2.

三宅香帆氏 • 文芸評論家. • 京都市立芸術大学非常勤講師. • 京都大学大学院にて万葉集を 学ぶ. • リクルート社を経て独立.文芸評, 社会批評などの分野で幅広く活動 • 著書『「好き」を言語化する技術』等 多数.

3.

著者は社会人1年目で 読書ができなくなった経験を持つ ① 仕事の占有力が強すぎて思考の余白(仕事以外のこと を考えてもいい時間)が消えた ② 読書にまで「意味」や「成果」を求めるようになった ③ 疲労と気力の枯渇によってスマホに逃げるようになった スマホ → 必要な情報のみ 読書 → ノイズ込みの知識を含む 効率主義の社会では敬遠される

4.

現代人の成果主義・効率主義は ベストセラーからも分かる 効率重視の読書術の流行や,仕事に直結するビジネス書がブーム

5.

なぜ働いていると 本が読めなくなるのか(2024) • 本が読めないのは,単なる「時間不足」や 「気力の低下」ではなく,社会構造的・ 歴史的な問題では? • 読書と労働の関係は,明治時代から変化 してきたものであり,現代だけの現象では ない → 読書と労働の関係を歴史的に たどってみよう!

6.

明治期 読書=立身出世や自己啓発の手段 • 「黙読」という文化が生まれ, 日本語表記も縦書き・漢字交 じり文として整備されたことで 一般人の「読書」が定着した • 自己啓発書の源流ともいえる 「立身出世」を目指す男性た ちのための読書が広まった. 中村正直『西国立志編』(原著はサミ ュエル・スマイルズの『Self-Help』) 自助努力と勤勉を説く啓蒙書.「立身 出世」の手引きとして広く読まれた.

7.

• 明治初期の思想家・福沢諭吉によって 1872年に著された啓蒙書. • 「天は人の上に人を造らず…」の冒頭 で知られる当時のベストセラー. • 日本近代化の原動力となった. • 身分に関係なく知識を身につけること が,個人の自由と国家の発展につな がると主張し,多くの庶民に学問の 重要性を訴えた.

8.

大正期以降 読書=階級的アイデンティティの象徴 • 社会不安の中(政治,経済,関東大 震災),現代に通じる「仕事がつらい サラリーマン像」が登場した. • エリート階級が身につける「教養」と 労働者の統制や自己啓発のための 「修養」が分離した. 中央公論;大正期に刊行され,新聞や 大衆誌と一線を画し,エリート志向の サラリーマンが読む「教養系」の代表

9.

• 新渡戸稲造は『武士道』で知られる 教育者・国際人. • 大正時代に広く読まれた自己修練の ための道徳的実践書. • 人格の完成や内面的成長を目指す 「修養」の重要性を説く. • 勤勉,誠実,克己心などの倫理的態 度を,日々の生活や仕事の中でいか に実践するか,身近な例やエピソード を交えながら平易に語っている.

10.

戦後 読書=(教養=仕事の武器) • 高度経済成長期には,長時間労働が蔓延する中でサラリーマン 向けの小説やハウツー本が売れた. • 1970年代には企業内教育で自己啓発が広まった. • サラリーマンたちが「仕事のために司馬遼太郎を読んでいた」と いう記述もある. • 1980年代には女性にも教養が開放された.しかし,この時期から 「若者の読書離れ」という言説が定着する.

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源氏鶏太の “サラリーマン小説” 司馬遼太郎の歴史大作 読み応えある大衆教養文学 ビジネス・ハウツー系 サラリーマン層の実用書 (カッパ・ブックス)

12.

個人的にオススメの司馬遼太郎2冊

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現代 “ノイズ(他者の文脈)を排除する” 自己啓発書が主流 • バブル崩壊後の1990年代以降,日本社会は「自分のキャリアは自己 責任で作る」という価値観が広がり,労働と生活,仕事と個人の切り離 しが進んだことが,読書への影響をもたらした. • 書籍購入額は減少する一方で,自己啓発書の市場は伸び続けた. • 自己啓発書は,他人や社会といった「コントロールできないもの」を排し 自分の行動という「コントロールできるもの」の変革に焦点を当てる. 著者は自己啓発書の特徴を「ノイズを除去する姿勢」にあると指摘する

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自己啓発書ブーム リベラルアーツ研究会で取り上げた3冊 社会や他者との関係を遮断し,自己改善にのみ集中する風潮

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著者の結論 • 現代人が本を読めなくなった原因は,成果主義や効率性を 重んじる現代の働き方と生き方である. • 歴史的に読書には自己啓発や仕事の武器としての側面がある. • しかし読書とは本来,目的や成果に縛られず,未知のものや意外 性に触れることで自己を揺さぶる文化的営みである. • そうした読書こそが,AI時代に必要な人間らしさを支え,他者や 社会とのつながりを築く基盤となる.

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医師が読書をしないことの弊害 • 人生の一時期,読書をする余裕がないくらい仕事に打ち込むこと ことや自己啓発書を多読することは無駄ではない. • 学術論文や教科書以外の読書(文学,哲学,歴史書など)を 「役に立たない」と切り捨ててしまうと,他者理解や倫理,死生観, 社会構造への洞察が乏しくなる. • つまり,文学や思想書を読まず,他者の視点や内面世界に触れる 訓練をしていないと,患者との対話が表層的になる.つまり 「病気」ではなく「病気を抱える人」を診る視点に欠けるようになる.

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病気を抱える人を診るためには 意識して黒蛇を育む必要がある 杖(医師)を,白蛇(知識=治療)と 黒蛇(知恵=癒やし)の両者が囲む アスクレピオスの杖

18.

効率を追い求める社会の価値観に抗い, あえて“ノイズ”に身を委ねてみよう 自分が大学生以降 強烈なノイズを感じた オススメの本 忙しくても寝る前, 通学時などに意識して 本を読む時間を作る. audibleも非常に有用

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まとめ 1. 意識して自分にノイズを与える機会をもとう 自分でコントロールでくないノイズを受け入れることは,苦しくも あるが楽しくもあり,かつ人としての成長につながる. 2. 患者さんに癒やしを届けるために知恵を読書で身につけよう 文学や思想書を読んで,他者の視点や内面世界に触れる訓練 はとても大切である.

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次回の課題図書 人生の教科書 福沢諭吉のことばが 時代を超えてあなたを 変えます. 各自,印象に残った 箇所を教えて下さい!