アルツハイマー病に対する抗体療法の課題と将来の展望・改訂版

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May 10, 25

スライド概要

昨年の7月に脳血管認知症学会にて同じタイトルで大会長講演をさせていただきましたが,この10ヶ月の研究の大きな進歩を踏まえアップデートしました.

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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各ページのテキスト
1.

アルツハイマー病に対する 抗体療法の課題と将来の展望 下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野

2.

COI 開示 筆頭発表者:下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野・教授 演題発表に関連し,発表者に開示すべき COI関係にある企業などはありません.

3.

Aβ抗体 療法の効果 Aβ抗体 の副作用 その他の 認知症予防

4.

アミロイドβとは?その機能は? • 40アミノ酸程度のペプチド. • 役割は長らく不明であったが,生理的な 機能を有することが近年報告されている. • 2019年,AβはGABAB受容体1aのリガンド として作用し,シナプス伝達と可塑性を 調節することが報告された. • 他にも神経新生,抗酸化作用などもある. Science. 2019 Jan 11;363(6423):eaao4827.

5.

アミロイドカスケード仮説 (Jhon Hardy and Gerald Higgins:1992) Aβ凝集が根源であり,これにより ADに認める変化が生じるという説 Aβ42は線維形成性が高い Paired helical filaments (線維状構造体) 下流でタウ蛋白のリン酸化に 伴うPHFの形成と,神経細胞 機能障害・細胞死が生じる 両者がどう繋がるかが不明確 Nat Rev Drug Discov 10, 698–712 (2011).

6.

認識部位の異なるさまざまな アミロイドβ抗体が作成された Cell. 2023;186(20):4260-4270. ◯ ◎ P: ピログルタミル化Aβ ◎ ※本邦未承認薬情報含む

7.

サイズの大きな凝集したAβを 認識する抗体が有効である Cell. 2023;186(20):4260-4270. もしくはモノマーを極力除去しないことが大切? アミロイドβのサイズ ✕ ✕ ✕ ◯ ◯ ※本邦未承認薬情報含む

8.

アミロイドβ除去能の強い抗体が 有効性を示した Nat Rev Drug Discov 21, 306–318 (2022) Aβの蓄積 ✕ アミロイド除去の速度と 程度が重要で,かつ十分に 長い期間,除去できれば 治療効果 △ ◯ 効果が得られる ◯ 治療期間(月) ※本邦未承認薬情報含む

9.

レカネマブの有効性と意義 大規模グローバル臨床第Ⅲ相Clarity AD検証試験で,開始18カ月の時点での全般臨床 症状の評価指標であるCDR-SB(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes)スコアの平均 変化量は,レカネマブ群が偽薬群と比較して-0.45となり,27%の悪化抑制を示し (p=0.00005),主要評価項目を達成した. N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21. 意義 • 認知機能の低下の進行抑制を初めて示せた点で意義が大きい. • 揺らぎつつあったアミロイドβ仮説への疑念を払拭した意義は大きい.

10.

ドナネマブの有効性と意義 JAMA. 2023 Aug 8;330(6):512-527 TRAILBLAZER-ALZ 2(第3相試験)の対象は,60~85歳のMCIまたは軽度認知症患者で, PETでのタウタンパクの蓄積レベルが「中程度」であった1182人とした. 主要評価項目はアルツハイマー病評価尺度(iADRS)で,18カ月間で対照と比較して, 35%の抑制(p<0.0001)を示した.副次評価項目のCDR-SBも36%抑制した(p<0.0001). Clarity試験との違い ① タウPETも施行し,タウの蓄積の程度による治療効果も評価したこと ② アミロイドβの除去が基準に達した場合,ドナネマブ投与を中止できること

11.

レカネマブに関して疑問に思ったこと

12.

レカネマブの報道と問題点 「30カ月までの外挿に基づく 傾斜分析によると,投与後 18カ月時点の偽薬群と同じ レベルに達するにはレカネ マブ投与では25.5カ月かか り,7.5カ月の進行抑制が 示されました」 東京新聞(2023年2月28日)

13.

レカネマブの報道と問題点 NHK ①従来の薬との比較,②縦軸 https://newswitch.jp/p/38171

14.

ドネペジルはCDR-SBを18ヶ月間維持する Washout期間を設けると病態抑止効果はない Δ変化 Neurology. 1998;50(1):136-45. 偽薬によるWashout

15.

治療効果をどう評価すべきか? 点数の変化量を縦軸にする ⊿ 開始前スコア両群とも約3.2点 18ヵ月後 レカネマブ群 Δ1.21点 偽薬群 Δ1.66点 0.45/1.66点(27%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

16.

治療効果をどう評価すべきか? 点数の絶対値を縦軸にする ⊿ 開始前スコア両群とも約3.2点 18ヵ月後 レカネマブ群 4.41点 偽薬群 4.86点 0.45/4.86点(9%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

17.

治療効果をどう評価すべきか? 点数の絶対値を縦軸にする Normal Early cognitive impairment 18ヶ月以降どうなる のかが重要なのでは? Mild dementia 開始前スコア両群とも約3.2点 ⊿ Moderate dementia Severe dementia 18ヵ月後 レカネマブ群 4.41点 偽薬群 4.86点 0.45/4.86点(9%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

18.

18ヶ月後以降の効果はどうなる? 0 60 120 180 240 300 months 18ヶ月 0.5 1.5 4.0 介入前 CDR-SB 3.2 CDR‐SBの自然歴はどうなる? ? 治療が終了した18ヶ月以降にどんな 10.0 影響が生じるかを本当は知りたい. 15.0 Kim KW et al. Sci Rep 10, 16808 (2020).

19.

小括1 1. 2040年には高齢者の15%が認知症となると推定されており,その 対策が求められている. 2. アミロイドカスケード仮説を基盤として,アミロイドβ抗体薬である レカネマブとドナネマブが臨床応用された. 3. 非常に期待される一方,進行抑制効果は顕著とまでは言えず, また18ヶ月以降の長期的な効果についても不明である.

20.

Aβ抗体 療法の効果 Aβ抗体 の副作用 その他の 認知症予防 ① ARIA(アミロイド関連画像異常) ② 抗体薬による脳萎縮

21.

レカネマブにおけるARIAの頻度 レカネマブ群 偽薬群 死亡 0.7%(6例*) 0.8%(7例) 重大合併症 14.0% 11.3% 12.6% ✕7.4 1.7% ARIA-E ARIA-H 症候性ARIA-H 17.3% ✕1.9 9.0% 0.7% 0.2% ARIA-Eは治療開始3ヶ月以内に生じる. いずれも軽症~無症候で治験の中断には至らなかった. *いずれの死亡もレカネマブに 関連したものではないとの記載 ARIAの症状:頭痛,混乱,嘔吐, 視覚異常,歩行障害 重篤な場合,けいれん,てんかん 重積,脳症,昏睡,局所神経症状

22.

ApoE 4遺伝子はARIAの重要な予測因子である (レカネマブ) ApoE 4 遺伝子 非保因者 (-/-) 278人 ヘテロ接合 (+/-) 479人 ホモ接合 (+/+) 141人 症候性ARIA-E 1.4 (0) 1.7 (0) 9.2 (0) ARIA-E 5.4 (0.3) 10.9 (1.9) 32.6 (3.8) ARIA-H 11.9 (4.2) 14.0 (8.6) 39.0 (21.1) 非保因者 ヘテロ ホモ 16% 31% 53% ( )の数字は偽薬群での頻度を示す. 遺伝子検査を行うことにより,ARIAが高率に生じるホモ接合の人(治験では16%) を見出すことが可能である.

23.

ドナネマブではさらにこの傾向は顕著となる 非保因者 (-/-) 255人 ヘテロ接合 (+/-) 452人 ホモ接合 (+/+) 143人 ARIA-E 15.7 (0.8) 22.8 (1.9) 40.6 (3.4) ARIA-H 18.8 (11.2) 32.3 (12.0) 50.3 (20.5) ApoE4 遺伝子 非保因者 ヘテロ 17% 30% 53% ( )の数字は偽薬群での頻度を示す. ドナネマブの治験ではホモ接合の人は17%含まれていた. ホモ

24.

ARIAの予測因子はApoE 4遺伝子以外に 大脳白質病変,アミロイドβ病理の重症度なども関与する ガンテネルマブの場合 JAMA Neurol. 2024 Nov 18:e243937. オッズ比 ARIAを呈した群と呈さなかった群,試験終了時における認知機能やADLに有意差なし. ただし重症ARIA-E(症状を伴う症例)の場合,個々のケースで認知機能低下が認められた. ※本邦未承認薬情報含む

25.

ドナネマブでのARIA 危険因子の検討 JAMA Neurol. 2025 Mar 10:e250065. • 第2相,第3相,オープンラベル試験の データ統合による1984名の解析. • 発生率;ARIA-E 24.4%,ARIA-H 31.3%. • ARIA-Eの5.8%は頭痛や意識障害などの 症状を認め,1.5%は入院を要した. • 脳卒中疑いでtPAを投与された1例が 重篤な脳出血にて死亡. • 危険因子;ApoE 4アリル,微小出血, 脳表ジデローシス,高い平均動脈圧. • 防御因子;高血圧の治療(OR 0.58).

26.

レカネマブによる死亡3症例の特徴 • いずれも偽薬群の治験参加者で,本人が希望し,オープンラベル試験 延長の一環としてレカネマブが投与された. • 4つ以上の微小出血あるいは重篤な脳アミロイドアンギオパチー(CAA)を 示す所見を認めた場合には登録されていない. 第1例 80代後半男性,経口抗凝固剤アピキサバン使用中に脳出血にて死亡. 剖検にてCAA+. 第2例 65歳女性,開始1ヶ月後にARIA-EとARIA-Hをきたし,さらに脳梗塞を発症後, t-PA使用し死亡.剖検にてCAA+.4/4 第3例 75~80歳女性,3回目の点滴後,失語症・脳症が出現.抗てんかん薬とIVMP にて治療したが悪化し,入院5日後に死亡.剖検にてCAA+.4/4 ※レカネマブ適正使用ガイド

27.

3.診療(合併症の出現時の対応) 第2例目の頭部MRI N Engl J Med. 2023 Feb 2;388(5):478-479. 多発脳出血と脳アミロイドアンギオパチ― レカネマブ使用中にtPA療法が行われたのはNEJMに報告されたこの1例のみ レカネマブ使用症例で t-PAによる血栓溶解療法が 行われたのはこの1例のみ アミロイドβ

28.

ドナネマブ治験の死亡例の特徴 1. 死亡例はドナネマブ群で3例,偽薬群で1例. 2. 3例はいずれも重篤なARIAを発症し,その後,死亡した. 3. ε4ヘテロ2人,非保有者1人.抗凝固薬や抗血小板薬の処方なし. 4. 1例は重篤なARIA-Eが消失後に治療を再開していた(微小出血とヘモ シデリン沈着を認めた).1人は開始時に脳表ヘモジデリン沈着あり.

29.

ApoE遺伝子検査をめぐる問題

30.

ApoE遺伝子検査は米国のガイドラインでは推奨されている • 2つの理由 1. 4ホモ接合で,ARIAが高率に生じる 2. 抗凝固薬や血栓溶解薬を使用した時の重大合併症リスク • しかし本邦の適正使用ガイドラインにおいて一切記載がない. • ApoE遺伝子検査は保険収載されていない.

31.

段階的ワークフローの提唱 → 治療の自己決定に有用 臨床的評価 バイオマーカー (PET/脳脊髄液) APOE 遺伝子検査 治療の決定 (協働意思決定) Ritchie M et al. Neurol Clin Pract. April 2024 issue 14 (2)

32.

治療開始前にApoE遺伝子検査を行うべきである • 患者がARIAのリスクを知らない状況で,適切に治療の協働意思決定を行う ことには限界がある. • 医療者がARIAのリスクを知らない状況で,適切に経過観察や救急対応 (脳梗塞発症時など)を行うことは困難である. → 投与開始前の遺伝子診断が望ましい. → 保険収載されて遺伝子診断が可能になれば抗体療法のハードルは下がる.

33.

ただし遺伝子診断は医師に適切な配慮が求められる! ① 結果開示後,4/4のため抗体薬を断念した患者・家族への適切なカウンセリング や長期的な支援が求められる. ② 親の診断結果から,その子が 4 保因者であり,将来,ADを発症するリスクを推察 できるため,子どもへの配慮が必要となる. ③ 患者や子が受けうる遺伝的差別に対する法的保護とその限界,および経済的差別 (保険適用の拒否や高い保険料等)についてサポートする.

34.

4 ホモ接合は危険因子ではなく, 遺伝性疾患であるという報告がなされた! Nat Med. 2024 May 6. (doi.org/10.1038/s41591-024-02931-w) 65.1歳 ホモ接合であればこそ,抗体療法を受けたいという気持ちをもつ患者が増加するのではないか? しかしホモ接合はARIAのリスクが大きいため,アンビバレンツな状態になり,患者も医師も苦悩する.

35.

そもそもなぜARIAが生じるのか?

36.

Aβの排泄システム Glymphatic system と IPAD とくにAD血管はIPADに関連 してAβによる影響を受ける. IPAD intramural periarterial drainage 経動脈壁内ドレナージ Glymphatic system

37.

Aβ抗体投与は動物モデルにて Cong red 陽性アミロイドを血管に蓄積させる コントロール抗体3ヶ月 J Neuroinflammation. 2004;1(1):24. Aβ抗体(2286) 3ヶ月 APP Tgマウス 22月齢 CD45(白血球共通抗原) 28月齢

38.

ヒトにおけるAβ免疫療法は脳実質のAβは 除去するが,血管に蓄積させる 虫食い状に プラーク除去 AN1792治療患者の剖検脳 (初のAβワクチン治験) Dense coreのみ 残存する 50 m Acta Neuropathol. 2010;120(3):369-84. 50 m

39.

ヒトにおけるAβ免疫療法は脳実質のAβは 除去するが,血管に蓄積させる 虫食い状に プラーク除去 Acta Neuropathol. 2010;120(3):369-84. AN1792治療患者の剖検脳 (初のAβワクチン治験) Dense coreのみ 残存する 50 m 50 m 脳実質Aβ ↓ 脳血管Aβ ↑ 神経細胞NFT → シナプス密度 → 細小動脈に Aβ沈着 150 m 毛細血管に Aβ沈着 50 m

40.

レカネマブは,Aβクリアランスを促進する一方で, 免疫細胞の活性化を伴う可能性がある Nature Medicine, 2025. doi.org/10.1038/s41591-025-03574-1. レカネマブ治療を行ったヒト剖検脳の遺伝 子発現の検討 補体活性化(C3)や,IL-2–STAT5シグナル の調節異常が生じ,特に炎症関連遺伝子 の発現が上昇している.

41.

Aβ抗体はCAA-riと同様の変化をきたす Int J Mol Sci. 2024 Jan 9;25(2):817. Nat Rev Neurol. 2025 Apr;21(4):193-203. CAA-riの病理 HE染色 ARIA Aβ染色 = Aβの血管への集積と 外来性の抗体による 炎症 自然にできたAβへの 自己抗体による炎症 巨細胞の浸潤 Aβのミクログリアによる貪食 血管構造の破綻

42.

CAAでは,脳内の血管網が著しく破壊され, 細動脈は太く,硬く,歪んでいる bioRxiv [Preprint]. 2024 Apr 17:2024.03.08.583563. 脳透明化技術によるヒト脳血管の可視化 Lectinは血管内皮の糖鎖に結合するため,血管を可視化できる 健常者の脳血管 CAA患者の脳血管

43.

Aβ抗体は長期的に何を起こすか? CAAの予後の後方視的コホート研究(米国,7年間) 死亡 HR 4.9 (95% CI 4.6–5.2) 脳卒中 HR 8.0 (95% CI 6.7–9.6) 虚血性脳卒中 HR 4.6 (95% CI 3.6–6.0) 脳内出血 HR 26.9 (95% CI 20.3–35.6) くも膜下出血 HR 21.6 (95% CI 12.2–38.1) Ann Neurol. 2025 May 1. doi: 10.1002/ana.27253.

44.

Aβ抗体は長期的に何を起こすか? CAA 死亡率 脳卒中 No CAA CAA Ann Neurol. 2025 May 1. doi: 10.1002/ana.27253. No CAA

45.

小括2 1. ApoE遺伝子診断の結果開示に伴う問題にいかに対処すべきか, さまざまな視点から議論を進める必要がある. 2. Aβ抗体は脳実質のAβ除去と同時に,脳血管へのAβ沈着, それに伴う血管変化をもたらす可能性がある.長期的な影響を 注視する必要がある.

46.

② 抗体薬による脳萎縮 • レカネマブは投与量依存性に全脳萎縮 をもたらす. • 使用18ヶ月後,平均変化量で計算する と対照群より26%も多い全脳萎縮を きたす. Alzheimers Res Ther 2021;13:80 (supplement)

47.

治療により MCI 患者の全脳萎縮は早く アルツハイマー病脳レベルに達してしまう Neurology. 2023;100(20):e2114-e2124. (軽度認知障害) ● ARIAをきたす抗体薬では脳萎縮が早まる! ● セクレターゼ阻害剤(Aβ産生を抑制)でより早まる(Aβ機能喪失→変性?) ※本邦未承認薬情報含む

48.

なぜ脳萎縮が生じるか(仮説) Neurology. 2023;100(20):e2114-e2124. Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034. 1. Aβ plaque除去による可能性 2. 脳脊髄液動態の変化 3. オフターゲット効果 (抗体投与により脳萎縮をきたすAβ以外の生物学的標的が存在) 4. 神経変性を促進してしまう(Aβの生理作用の喪失=最悪のシナリオ) 1+2: 抗体薬による脳萎縮は神経変性の加速を意味しない 「アミロイド除去に伴う偽萎縮」という新しい解釈が提唱された.

49.

脳萎縮は神経変性の加速を意味しない 「アミロイド除去関連偽萎縮」という概念 脳萎縮の程度 Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034. • 全脳萎縮が顕著であっても必ずしも CDR-SBスコアの悪化と相関しない. • よって真の萎縮ではなく,「偽萎縮」と 呼ぶのが適切で,脳萎縮は治療効果 の一部だという説. • しかし臨床試験は18〜24か月程度の CDR-SB低下 観察で長期的なデータが不足している こと,個々の症例で議論がなされてい ないことが問題. ※本邦未承認薬情報含む

50.

この仮説に対する反駁として もうひとつのARIAが提唱された① • Amyloid-related iatrogenic atrophy(ARIA) Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034. 抗体療法関連医原性脳萎縮 • 抗体療法を受けた患者の剖検脳で,アミロイド斑の減少と同時に神経細胞の喪失や ミクログリアの活性化が報告されていること(例:アミロイドβワクチンAN1792). • ドナネマブでは,アミロイドβがほとんど存在しない白質でも有意な脳体積の減少が 観察され,「偽萎縮」では説明がつかないこと. • βセクレターゼ(BACE)阻害薬を用いた研究では,アミロイド斑の除去がほとんど起こ らないにもかかわらず脳体積の変化がみられること. ※本邦未承認薬情報含む

51.

この仮説に対する反駁として もうひとつのARIAが提唱された② Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034. • 脳体積の減少と認知機能の関連について個々の患者レベルのデータが公開されて いないという,透明性が確保されないままでは副作用を過小評価するリスクがある. • 脳の体積減少の正確な機序はいまだ不明であり,「偽萎縮」という用語を使って神経 変性や炎症の影響を過小評価すべきではない. = Primum non nocere(まず,害を与えないこと)

52.

そもそも Aβを単に悪玉と考えてしまって良いのだろうか? Aβ42が生理的機能を 持つのならその減少は 神経変性をもたらすの では? 生理的機能の喪失 Prof. Espay AJ. https://twitter.com/AlbertoEspay/status/157343 7015450066944/photo/1

53.

抗体薬の効果はAβモノマーの増加によるためではないか? レカネマブによる脳脊髄液 Aβ 42↑ PETではAβは減少するが, 脳脊髄液Aβ 42は増加する 実薬群 偽薬群 Aducanumab, Lecanemab, Gantenerumab, Crenezumabの いずれも増加している. N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21.(Figure S5) J Alzheimers Dis. 2024 May 2. doi: 10.3233/JAD-240171. ※本邦未承認薬情報含む

54.

遺伝性ADにおいて脳脊髄液 Aβ42レベルは, 正常な認知機能を予測する J Alzheimers Dis. 2022;90(1):333-348. APP,PSEN1,PSEN2遺伝子変異 を有する232人 脳脊髄液可溶性Aβ42値は, CDR非進行群(緑)でCDR進行群 (その他)よりも高かった. CDR増悪率(3.3±2.0年後) 20%以下 20-40% 40-60% 60%以上

55.

レビー小体型認知症でも Aβ42低下は急速な認知機能低下をきたす Ann Clin Transl Neurol. 2025; doi:10.1002/acn3.52295. PD 高Aβ42群 低Aβ42群 DLB 高Aβ42群(−0.51ポイント/年) 低Aβ42群(−1.26ポイント/年) Espay教授 : 「アミロイドβを減らす」 治療戦略とは逆に,「γセクレターゼ 活性を促進し,Aβ42レベルを増加さ せる」という新たな治療アプローチを 検討すべきではないかと提案している.

56.

トピックス Aβの下流にリン酸化タウはないかもしれない

57.

Aβ・タウの2つの病理をもつマウスモデルで, アデュカヌマブはタウリン酸化を抑制できない Brain, 2024;, awae345, https://doi.org/10.1093/brain/awae345 Aβだけを標的にする治療 には限界がある? 今後の検討が必要. ※本邦未承認薬情報含む

58.

PHGDH(phosphoglycerate dehydrogenase)は Aβの上流に存在する治療標的分子である Cell. 2025;188(6):1–17. doi:10.1016/j.cell.2025.03.045 • PHGDHはADの進行度と相関する分子で あることが判明. • PHGDHはアストロサイト内でIKKαとHMGB1 の転写を促進し,炎症シグナルであるNFκBと代謝調節経路mTORを活性化する. • このためオートファジーが抑制され,本来 分解されるはずのAβが蓄積しやすくなる. その結果,シナプスの消失や神経細胞死 を引き起こす. • しかしこのカスケードはタウリン酸化には 関与しない.

59.

小括3 1. Aβ抗体薬の副作用として脳萎縮が指摘され,その機序が議論 されている(偽萎縮 vs. 抗体関連医原性萎縮). 2. 補体系や免疫細胞の活性化,Aβ除去に伴う生理機能の喪失が 神経変性を引き起こさないか検証する必要がある. 3. Aβ→タウリン酸化の経路がいまだ十分判明していない.

60.

Aβ抗体 療法の効果 Aβ抗体 の副作用 その他の 認知症予防 14因子の修正 ウイルス感染

61.

アミロイドβ沈着を悪化させる因子が判明した 高血圧,喫煙,睡眠障害,運動 不足,肥満,栄養障害,教育・・・ これらを改善することで 進行抑制が可能! Bischof et al. Neurology 2019; 93: 72–79.

62.

14因子の修正で認知症症例の 45%の発症予防ないし遅延できる 若年期 • Lancet認知症委員会はエビデンスに 基づいた認知症予防法を発表した. • 人生のそれぞれの時期に的を絞った 介入をもっと行う必要がある! 高齢期 NHK「きょうの健康」 最新!認知症予防 14のポイント 2024年10月3日 中年期

63.

トピック:ウイルス感染と認知症 COVID19はアルツハイマー病の発症リスクを上げる 6ヶ月 Lancet Neurol. 2024;23:562-563. (3つの研究をまとめたもの) 6~12ヶ月後の相対 危険度はADで3程度. 入院と外来でほとんど 変わらない. 12ヶ月 PDも外来患者で相対 危険度が2.5程度.

64.

COVID-19罹患者では 血漿Aβ42:Aβ40比が減少する Nat Med. 2025 Jan 30. (doi.org/10.1038/s41591-024-03426-4) • UKバイオバンク1252名(対照626名) • SARS-CoV-2感染者では認知機能スコアが有意に低下した(P = 0.029). • この程度は,4年間の加齢やAPOE遺伝子ε4ヘテロ接合の影響に匹敵した.

65.

ウイルス感染は認知症発症のリスク因子になりうる 認知症のリスクになるウイルス ウイルス感染がアルツハイマー病の 発症に関わるメカニズム 神経への直接感染 神経の慢性炎症 免疫系の制御不良 Aβやタウ蛋白の 制御不良 遺伝子発現への影響 Rippee-Brooks MD, et al. Pathogens. 2024 ;13(3):240.

66.

帯状疱疹ウイルス(VZV)と認知症に関するスコーピングレビュー

67.

VZVワクチンの接種は認知症発症率を下げる 対象論文:5件(6研究) Shah S, et al. Brain Behav. 2024;14(2):e3415.

68.

英国でワクチン接種により,7年間の認知症新規診断率が 絶対値で3.5ポイント(相対リスクで20.0%)低下した Nature. 2025 Apr 2.(https://www.nature.com/articles/s41586-025-08800-x)

69.

VZV感染によるHSV-1再活性化が Aβ,タウリン酸化をもたらす(in vitro) • ヒト誘導神経幹細胞(hiNSC)にVZV単独で感染させた場合,Aβ,リン酸 化タウの蓄積はなし. • しかしHSV-1感染後にバラシクロビルでウイルスを静止化させた細胞に, VZVを感染させると HSV-1が再活性化し,Aβ,リン酸化タウ蓄積が確認 された(HSV1→リン酸化タウ). Cairns DM et al. J Alzheimers Dis. 2022;88:1189-1200.

70.

HSV-1感染に対しリン酸化タウは神経細胞を保護している Cell Rep. 2024 Dec 26:115109.(doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115109) cGAS-STING-TBK1経路がタウをリン酸化し, それがHSV-1タンパク質の発現を抑制し, 神経細胞を保護する. HSV-1感染に対するリン酸化タウ増加が AD発症に関与する可能性がある. HSV-1ワクチンは認知症を予防し,逆に タウを標的とする治療は,HSV1に対する 神経保護機構を障害する可能性がある.

71.

小括3 • 認知症発症を修飾する14の因子が示された.取り組みが可能なものについて積極 的に指導する必要がある. • ウイルス感染による神経炎症やタウリン酸化が,ADの病態に関与している可能性が ある.認知症予防法として,感染予防やワクチン接種が注目されている. ご清聴ありがとうございました.