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December 07, 24
スライド概要
第52回日本頭痛学会 シンポジウム「片頭痛と神経疾患」で使用したスライドです.
岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授
パーキンソン病と頭痛 下畑 享良1 下畑 敬子2 1 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 2 朝日大学病院麻酔科
COI 開示 発表者:下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野・教授 演題発表に関連し,明示すべきCOI関係にある企業などは ありません.
じつはこのテーマを 2016年の頭痛学会総会(京都)の シンポジウムで発表したことがあります. そのスライドを数枚提示します.
神経変性疾患の 睡眠障害と頭痛 下畑 享良1 下畑 敬子2 1新潟大学脳研究所神経内科 2亀田第一病院麻酔科 2016年10月21日(金)~22日(土)
イントロダクション 「神経変性疾患の 睡眠障害と頭痛」 はて困った・・・
イントロダクション 経験上,神経変性疾患では 頭痛は少ない. テーマがおかしい!?
ご相談したところ・・・ なぜ少ないのか, 今後の頭痛治療につながる 考察をしてください! 平田幸一教授
勉強を進めて分かったこと • パーキンソン病を除くと,神経変性疾患の 頭痛はほとんど研究がなされていない • しかし,このテーマは頭痛のメカニズムや 治療にヒントを与える可能性がある
今後研究すべき課題 1. PDにおける頭痛(ICHD3で診断)の頻度・種類 と危険因子の詳細な検討 2. PD以外の神経変性疾患における頭痛の検討 3. ドパミン刺激の片頭痛治療への応用
ただし今読むと議論するには時期尚早だった. 今回,再挑戦の機会をいただいた.
議論する内容 PDにおける 頭痛の 頻度・特徴 PDにおける 頭痛と ドパミン 片頭痛はPD 発症の危険 因子か?
PDにおける頭痛(片頭痛)の頻度
原著(1871) 原著6名中2名に 頭痛に関する記載 ➔ 2名ともなし Parkinson J.1871
最初の症例集積研究(鳥取大学1982) 1. 54/131名(41%)に頭痛あり(質問票) 2. 部位:後頭部~首筋の痛み 81% 性状:しめつける・ものを被ったような痛み 84% 3. 治療:L-dopaによる頭痛の改善 66% 4. 頭痛と頸部筋強剛の有無は関連なし(29%対26%) 西川ら.臨床神経 1982;22:403-408
2番めの報告(名古屋大学1983) 1. 頻度;25/71名(35%)に頭痛あり(問診) 2. 部位;後頭部~首筋の痛み 75% 性状;鈍痛 64%,拍動性 32% 3. 頸部筋強剛の程度と頭痛の強さに相関なし ➔ 頸部の筋強剛による緊張型頭痛ではない Indo et al.Headache 1983; 23:211-212
3番めの報告(オーストラリア1989) 患者会に頭痛質問票を郵送 対照群 (N=291) P値 120 (54%) 175 (60%) 0.18 PD群 (N=223) 最近1年 有病率に有意差はないが,むしろ患者群で少なめ Lorenz. Cepharalgia 1989;9:83-86
4番めの報告(ブラジル2014) 電話による問診・ICHD2にて診断 PD群 対照群 調整 (N=98) (N=98) オッズ比 最近1年 40 (41%) 68 (69%) 0.5 P値 0.03 ➔ PD群で頭痛は有意に少ない! Nunes et al. Neuro Sci 2014;35:595-560
頭痛の病型ごとで頻度は異なるか? PD群 対照群 調整 (N=98) (N=98) オッズ比 P値 最近1年 40 (41%) 68 (69%) 0.5 0.03 片頭痛 26 (65%) 31 (46%) 3.3 0.02 緊張型 12 (30%) 33 (49%) その他 2 (5%) 4 (5%) ➔ PD群で片頭痛は多い! Nunes et al. Neuro Sci 2014;35:595-560
複数の報告後,本邦から報告(2018) 多施設共同,症例対照研究,ICHD2にて診断 PD群 (N=436) 対照群 (N=401) P値 片頭痛1年 6.7% 11.0% 0.027 片頭痛生涯 9.6% 18.0% 0.00045 頭痛1年 26.1% 26.2% 0.99 頭痛生涯 38.5% 38.9% 0.91 ➔ PD群で片頭痛は少ない! Suzuki K et al. Cephalalgia. 2018;38:1535-1544
11論文のメタ解析(2022) Angelopoulou E, et al. Medicina. 2022;58:1684. • 頭痛の有病率 PD患者の49.1%が何らかの頭痛を報告. 片頭痛の12か月有病率は13.1%,生涯有病率は15.7%.
11論文のメタ解析(2022) Angelopoulou E, et al. Medicina. 2022;58:1684. • PDと片頭痛には有意な関連なし(ただし異質性は非常に高い). • PD発症後,片頭痛が改善した患者が61.5%! • ドパミン作動薬が一部のPD患者の片頭痛を改善する.
小括1 1. 本邦の症例対照研究の結果から,PD患者では片頭痛 が少ない可能性があるが,メタ解析では関連は示され なかった. 2. メタ解析は研究数が少ないことと,研究間の方法論の 違いから,適切に評価がなされていない可能性があり, さらに大規模で質の高い研究が必要である.
PDにおける頭痛の特徴
頭痛合併PD症例の特徴(イタリア1988) 頭痛あり 9名,なし 8名の比較 PDで頭痛を認める症例は・・・ ① 頸部筋活動の亢進(ジストニア疑い) ② 不安・うつの程度が強い Meco et al. Headache 1988;28:26-29
頭痛合併PD症例の特徴(ブラジル2014) PD群 対照群 調整 (N=98) (N=98) オッズ比 最近1年 40 (41%) 68 (69%) 0.5 P値 0.03 頭痛は運動症状と同側が多い! PD片側発症 25/40名(63%) うち頭痛も同側 21/25名(84%) Nunes et al. Neuro Sci 2014;35:595-560
頭痛合併PD症例の特徴(日本2018) • 頭痛または片頭痛を有するPD患者は,対照群と比較し, PD発症後の頭痛および片頭痛の強度,頻度,重症度の 顕著な減少を示した. • 片頭痛を有するPD患者は,頭痛のないPD患者と比べ, うつ病の合併が多く,Pittsburgh Sleep Quality Index およびPD sleep scale-2の得点が高い(睡眠障害と関連 する). Suzuki K et al. Cephalalgia. 2018;38:1535-1544
PDでは発症後,頭痛・片頭痛とも軽減する PDでは発症前後3年間の片頭痛の変化,対照群では過去数年の片頭痛の変化を質問 PD全例 7年以内 Suzuki K et al. Cephalalgia. 2018;38:1535-1544
片頭痛にPDの発症が及ぼす影響(イタリア2020) Barbanti et al. Cephalalgia 2000;20:720-723 N=66 PDの発症により 2/3が寛解・改善
頭痛とPDの関連の検討(ブラジル2020) Sampaio Rocha-Filho PA, et al. Headache. 2020;60:967-973. • 横断研究・ICHD3βにて診断 • 対象は頭痛患者46人 片頭痛12人(26%),緊張型頭痛31人(67%). • 頭痛の頻度・強度とPD病期(H‐Y分類)に関連なし. • UPDRSスコアと頭痛の強度・頻度に相関なし. • 頸部硬直グレードと頭痛頻度・強度に相関なし.
PDとPSP/CBSの検討(インド2023) Jatale V, et al. Ann Indian Acad Neurol. 2023 Sep-Oct;26(5):708-714. • PD 81名,PSP/CBS 21名,対照104名 • 生涯での頭痛有病率に有意差なし (PD 46.9%,PSP/CBS 23.8%,対照44.2%) • 緊張型頭痛が最も多い. • 頭痛の頻度は月5回未満,強度は中等度以下. • PDの68.4%,PSP/CBS患者全員が発症後に頭痛が 改善したと報告. • PD患者の28.9%が新たに頭痛を発症. • PD患者では運動障害が重度ほど頭痛が多い.
PDにおける頭痛の検討(イタリア2024) Giglio A, et al. Neurol Sci. 2024 Dec;45(12):5749-5756. • PD 101名と対照101名の比較(ICHD-3) • PD群と対照群で,生涯および直近1年間の頭痛の 有病率に差はなし(片頭痛と緊張型頭痛とも差なし). • PD患者では,運動症状発症後に頭痛が軽減または 消失する割合が高く,特に片頭痛で顕著だった. • 片頭痛を持つPD患者ではうつの重症度が高い (p=0.021). • 運動緩慢・筋強剛型PDで頭痛を報告する頻度が 高い(p=0.040).
小括2 1. PDに伴う頭痛に頸部筋トーヌスの亢進(ジストニア?) が関与している可能性がある. 2. 片頭痛患者がパーキンソニズムを発症すると,頭痛が 改善する症例が少なからず存在する. 3. PDに片頭痛を伴う症例では,不安,うつ,睡眠障害を 合併する可能性がある.
PDにおける 頭痛の 頻度・特徴 PDにおける 頭痛と ドパミン 片頭痛はPD 発症の危険 因子か? • なぜPD発症後,片頭痛は改善するのか? • なぜ一部の患者で,ドパミン作動薬が頭痛を改善 するのか?
PD発症後片頭痛が改善する機序(仮説) A) 片頭痛の神経回路における神経変性 B) ドパミン過剰活性化の軽減 C) 頭痛期のドパミン治療による頭痛の抑制 D) ドパミン治療によるプロラクチンの抑制
A)片頭痛の神経回路における神経変性 片頭痛の神経回路に PDに伴う変性が生じる 痛覚処理や頭痛の発生に関わる黒質の変性 三叉神経血管系を調整するD2受容体の変性に伴う片頭痛感度↓ オレキシン経路の変性に伴う片頭痛感受性↓
B)ドパミン過剰活性化の軽減 ドパミン受容体刺激 片頭痛(前兆期)では ドパミン,DAにより 過敏症状が出現しやすい ジスキネジア 嘔吐 低血圧 消化器症状 吐き気 気分変調 あくび 症状 Peroutka et al. Neurology 1997;45:650-656
B)ドパミン過剰活性化の軽減 ドパミン,DAで症状誘発 D2Rアンタゴニストで抑制 Blau JN. Lancet 1992 ドパミン過敏症状 ドパミン過剰活性化が前兆に重要であることから, PDに伴うドパミン機能低下が片頭痛の頻度を低下させる?
C)頭痛期のドパミン治療による頭痛の抑制 ドパミン,DAで頭痛軽減 D1R. D2Rによる 侵害受容伝達阻害 PDに対する治療が,頭痛期における頭痛を 軽減する可能性がある
D)ドパミン治療によるプロラクチン抑制 プロラクチンは中枢感作や神経 炎症により片頭痛を悪化させる 可能性がある. プロラクチン分泌はドパミンD2 受容体によって抑制される. ドパミン作動薬はプロラクチンを 抑制する可能性がある. 下垂体前葉から の放出 ドパミンD2受容体 により抑制 中枢感作 神経炎症 Martinez CI, et al. Front Pain Res. 2023 Sep 19;4:1117842.
小括3 1. PDの発症後に片頭痛が消失する機序として,片頭痛 の神経回路が神経変性により機能しなくなる可能性が ある. 2. 片頭痛発作の前兆期や頭痛期におけるドパミン刺激に PDやPDに対する治療が影響している可能性がある.
議論する内容 PDにおける 頭痛の 頻度・特徴 PDにおける 頭痛と ドパミン 片頭痛はPD 発症の危険 因子か?
PDと片頭痛の合併例,いずれが先か? 合併例 66例 ➔ PDに片頭痛を合併するというより, 片頭痛がPDの危険因子ではないか? Barbanti et al. Cephalalgia 2000;20:720-723
片頭痛はPDの発症リスクか?(アイスランド2014) 中年期に前兆を伴う片頭痛 ➔ 25年後の評価 PD 片頭痛群 (N=3924) 対照群 (N=430) 調整 オッズ比 2.4% 1.1% 2.52 ➔ Yes Scher et al. Neurology 2014;83:1246-1252
片頭痛はPDの発症リスクか?(台湾2016) 片頭痛 ➔ 3年後の評価 PD 片頭痛群 (41019) 対照群 (41019) ハザード 比 P値 0.36% (148) 0.25% (101) 1.64 P=0.0004 (1.25-2.14) ➔ Yes Wang et al. Cephalalgia 2016;36(14):1316-1323.
片頭痛はPDの発症リスクか?(台湾2016) PD未発症生存率 片頭痛群で PD発症しやすい P=0.0041 月 ➔ Yes Wang et al. Cephalalgia 2016;36(14):1316-1323.
片頭痛はPDの発症リスクか?(韓国2024) 2009年に健康診断を受けた40歳以上の約610万人を調査.平均9.1年間の追跡 ➔ Yes HaWS et al. Epidemiol Health. 2024;46:e2024010.
なぜ片頭痛患者はPDを発症しやすいか? 1. 慢性的なドパミン機能低下と受容体の感受性増加 2.慢性片頭痛に伴う神経炎症・酸化ストレス 3.慢性片頭痛に伴う脳の神経回路の変化 4.脂質異常症の高い合併 5.CGRPのPDの病態への関与 HaWS et al. Epidemiol Health. 2024;46:e2024010.
CGRPがPD発症に関与する機序(仮説) CGRP グルカゴン様 ペプチド-1(GLP-1)分泌 ミトコンドリア毒性 軽減 PDに対する病態抑制 ドパミン神経保護 リキシセナチド(GLP-1受容体作動薬)の保護効果 CGRPが正常とは異なる作用をしてしまう可能性? Alexoudi A, et al. Headache. 2020 Apr;60(4):789-790. Meissner WG, et al. New Engl J Med. April 3, 2024.
女性を対象とした研究の報告(米国2024) Neurology. 2024 Sep 24;103(6):e209747. 合計3万9312人の女性が対象となった大規模研究. 片頭痛7321人(18.6%),追跡期間22年 片頭痛患者がPDを発症する HRは1.07(0.88–1.29) また病型や頻度に関わらず,PDリスクは上昇していない. → この問題はまだ結論が出ていない.
小括4 1. 片頭痛がPD発症の危険因子である可能性 が議論されている. 2. その機序として,片頭痛の慢性化に伴う神経 炎症,神経回路の変化,CGRPの異常等が 指摘されている.
総括 1. PD発症後に片頭痛が改善する症例が報告されており,その 背景には,神経変性による片頭痛の神経回路の機能低下等 が関与する可能性がある.またドパミン刺激薬が片頭痛の 改善に寄与する可能性もある. 2. 片頭痛がPDの発症リスク因子である可能性があり,慢性 片頭痛に伴う神経炎症や神経回路の変化,CGRPの異常が その機序として議論されている. 3. 頭痛を伴うPD患者では,不安,うつ,睡眠障害を認めること が指摘されており,包括的な治療が求められる.