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May 31, 25
スライド概要
日本医学会連合・TEAMS事業シンポジウム「いつまでも健康で美味しく食べる」@第126回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会総会・学術講演会で使用したスライドです.
岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授
神経筋疾患や脳血管障害を 見落とさないために 下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野
日本神経学会 COI 開示 筆頭発表者:下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野・教授 本発表に関連し,明示すべきCOI関係にある企業などはありません.
本発表の目的 • 神経筋疾患に特徴的な嚥下障害について理解しよう. • とくに嚥下障害にて発症することがある疾患について 理解し,早期診断につなげよう.
神経変性 疾患 神経筋 疾患 ① 筋萎縮性側索硬化症(ALS) ② 多系統萎縮症(MSA) ③ 進行性核上性麻痺(PSP) その他
①筋萎縮性側索硬化症(ALS) 【基礎知識】 • 運動ニューロンの変性により,筋力低下,筋萎縮,球麻痺が進行する神経変性疾患 である. • 嚥下障害の原因は,嚥下関連筋(口唇,舌,咽頭,喉頭)の筋力低下である. • 障害が口腔期から始まる場合と,咽頭期から始まる場合がある. 【知っていただきたいこと】 • 高齢ALS患者は嚥下障害にて発症しうる. • 疑うヒントに,体重減少,構音障害・呼吸苦の存在,舌の萎縮と線維束性収縮がある.
舌の萎縮と線維束性収縮(fasciculation) N Engl J Med. 2014 Jul 31;371(5):e7
線維束性収縮を呈した患者の91%がALS! Cureus. 2024 Jul 9;16(7):e64153. 22件の論文(患者153名)を分析したシステマティックレビュー. この所見を認識し,迅速にご紹介いただくことでALSの早期診断につながる.
ALSにおける鼻咽腔閉鎖不全では 発声-嚥下解離が生じうる J Neurol Sci 2022; 440: 120325. 球麻痺を呈するALS患者50名(平均年齢69歳,男性31名)の喉頭内視鏡所見 評価項目 患者数 (n=50) 割合 (%) 唾液貯留 40/50 80 軟口蓋機能不全 23/50 46 片側性の咽頭収縮筋低下 5/50 10 発声-嚥下解離(SSD) 18 36 発声時には鼻咽頭が閉じないが,嚥下時には正常に閉じる
発声-嚥下解離(speech-swallow dissociation)は 発声時のみ鼻咽頭閉鎖が不良となる J Neurol Sci 2022; 440: 120325. 安静時 発声時 嚥下時 ALS患者 発声時のみ鼻咽頭閉鎖(口蓋帆・咽頭閉鎖)が不良
発声-嚥下解離は上位運動ニューロン障害に伴う 偽性球麻痺の所見と考えられる J Neurol Sci 2022; 440: 120325. • 偽性球麻痺は延髄の運動神経諸核の上位運動ニューロンが障害されることで, 球麻痺類似の神経症候を示すこと. • SSDは発声と嚥下における神経経路の違いで説明できる.つまり,大脳からの上位 運動ニューロンが障害されると発声が障害されるが,嚥下は延髄のcentral pattern generator(CPG)からの入力があるので保たれると考える.
②多系統萎縮症(MSA):パーキンソン病類縁疾患 【基礎知識】 • パーキンソン病と異なり,早期から嚥下障害が出現しうる. • 口腔期の障害が主体で,機序としてはパーキンソニズムや小脳性運動失調に伴う 舌の運動障害が重要である. 【知っていただきたいこと】 • 嚥下の動作があっても飲みきれずに咽頭部に残存したものが,呼吸とともに引き 込まれる嚥下後誤嚥が認められる. • 食道に停滞した食物が逆流して,誤嚥・窒息を起こすことがある.
食道の蠕動低下による食物の停滞 Taniguchi et al. Dysphagia 2015;30:669-673. 当科症例(國枝顕二郎)
睡眠中に呼吸困難を繰り返し,肺塞栓が疑われた症例 Taniguchi et al. Dysphagia 2015;30:669-673. CPAPによる呑気で逆流し, 誤嚥・窒息を来した.
食道内の食物貯留は誤嚥性肺炎や窒息の原因となる Taniguchi H, et al. Dysphagia 2015;30:669-673. 臥位・CPAP 就寝時の姿勢(臥位)は逆流を しやすい. CPAPは呑気を引き起こし, 逆流をさらに助長する. 食物が残留 呑気 嘔吐 誤嚥性肺炎 窒息(突然死) 食べてすぐ横にならない フルフェイス,トータルフェイス マスクは避ける 重症例はCPAPを中止する
遠位食道痙攣(distal esophageal spasm)も呈しうる eNeurologicalSci. 2024 Apr 13;35:100500. 当科(大野陽哉,國枝顕二郎) 74歳男性,3年前に起立性低血圧にて 発症し,同時に胸に食べ物が詰まった 感じ,食後の反復性嘔吐を呈した. MSA-Cと診断した. 下部食道括約筋の統合弛緩圧は正常 内視鏡検査:下部食道の過収縮 であったため,アカラシアは除外された. シカゴ分類ver 4.0に基づき,食道運動 障害は「遠位食道痙攣」に分類された. 治療として内視鏡的バルーン拡張術を 行い,その後,胸部の詰まった感じと 嘔吐は改善した. ビデオ透視による嚥下検査 下部食道狭窄と食道内バリウム停滞 下部食道の早期収縮 食道蠕動運動の低下
MSAの嚥下障害に対する 国際的なコンセンサス声明 Parkinsonism Relat Disord. 2021 May;86:124-132. • 嚥下障害は運動症状発症から5年以内に出現する. • 診断ツールとして以下が推奨される:嚥下スクリーニング質問票,臨床評価 (UMSARS含む),嚥下造影検査,喉頭内視鏡検査,食道高解像度マノメトリー • 嚥下障害はMSAの生存率低下と関連し,誤嚥性肺炎が死因の一つとなる. • PEGの適切なタイミングや,生存率向上に寄与するかはエビデンスなし. • 効果的な治療法は確立されていない. • MSAに特化した嚥下障害のスクリーニングツールや評価基準の開発が必要.
③進行性核上性麻痺(PSP) :パーキンソン病類縁疾患 【基礎知識】 • パーキンソン病と異なり,早期から嚥下障害が出現しうる. • 病初期からよく転倒する(認知力低下のため何度注意しても転倒する). 【知っていただきたいこと】 • 「口に食べ物を溜めたまま止まる,食事をかきこむ,反り返って食べる」といった 食べ方の異常が見られる. • 垂直方向性の眼球運動障害により,下方視がしにくい. • 頸部の後屈と反り返った姿勢を認める.
PSPの姿勢と歩行障害(原著症例) Cure PSP患者会提供動画より
PSPの嚥下障害の増悪因子は認知機能低下, 体軸の筋強剛,頸部後屈である Front Neurol. 2023 Sep 13;14:1259327. 初診時 進行期(食塊の咽頭通過が困難になる)
PSPの嚥下障害に対する スコーピングレビュー Clin Park Relat Disord. 2024 Nov 15;11:100283. • 多く報告された所見 • 口腔内残留: 98% • ボーラスの移送困難:77% • 咽頭残留:70% • 嚥下反射の遅延:68% • 胃食道逆流(GERD):56% • 食道クリアランスの低下:49% • PSPのサブタイプによって嚥下障害の特徴は不明で,今後の検討が必要. • 嚥下障害のQOLへの影響に関する研究が不足している.
神経変性 疾患 神経筋 疾患 その他 ① 筋強直性ジストロフィー(DM1) ② 免疫チェックポイント阻害剤関連筋炎 ③ 封入体筋炎(IBM) ④ 神経筋接合部疾患
①筋強直性ジストロフィーに伴うアカラシアの Am J Gastroenterol. 2021;116(2):429-431. 症例報告が増えている • DMPK遺伝子のCTGリピート数が大きい重症例ほど食道平滑筋障害が強い 可能性が報告されている.
筋強直性ジストロフィーでは下部食道括約筋 Am J Gastroenterol. 2021;116(2):429-431. (LES)が適切に弛緩しない 高解像度食道マノメトリー:下部食道括約筋部の異常な高圧,全食道圧上昇. 下部食道括約筋(LES)が適切に弛緩しないため,食道の蠕動運動が正常に機能せず,食道内圧が均一に上昇する
②免疫チェックポイント阻害剤(ICI)関連筋炎では 食道機能障害を呈しうる Intern Med. 2024 Dec 26. doi: 10.2169/internalmedicine.4254-24. 当科(大野陽哉,國枝顕二郎) • 69歳女性,左乳がん. • ペンブロリズマブ後,CK上昇と 四肢筋力低下を呈し,ICI関連 筋炎と診断した. • 嚥下障害の自覚症状は認めな かったが,嚥下造影検査では 下部食道にバリウム残留あり.
上部食道括約筋の開口障害と 食道蠕動の消失を認めた 退院直前 退院5ヶ月後 Intern Med. 2024 Dec 26. doi: 10.2169/internalmedicine.4254-24. 健常者 ICI関連筋炎では無症候であっても食道機能障害が生じうる
③封入体筋炎(IBM)では嚥下障害が 初発症状になりうる Clin Exp Rheumatol. 2024 Feb;42(2):425-435. • IBMは進行性筋疾患で,40歳以上の患者に多く見られる. 免疫療法に反応せず,有効な治療法が確立されていない. • 嚥下障害は最大80%の患者に発生し,誤嚥性肺炎や栄養障害 などを引き起こすため,早期診断と管理が重要である. • 14%の患者では,四肢筋力低下が現れる10年前から嚥下障害 が存在する →念のためCK測定し,高値であれば脳神経内科へ紹介を! 大腿四頭筋と手指屈筋群に 強い筋萎縮
輪状咽頭筋の開大制限による 嚥下障害が生じる Clin Exp Rheumatol. 2024 Feb;42(2):425-435. 病態としては,上部食道括約筋 (UES) の機能不全, 舌や咽頭筋の筋力低下に加え,UESの肥厚・線維化 が観察され,物理的な閉塞を引き起こしている可能 性がある(cricopharyngeal bar;右図). 嚥下中の輪状咽頭筋の過剰収縮に よる食道入口部の開放制限.
④神経筋接合部疾患に伴う嚥下障害 Dysphagia. 2022 Jun;37(3):473-487. 疾患名 嚥下障害の特徴 AChR抗体陽性 重症筋無力症 (MG) • 球麻痺型では,嚥下障害で初発する • テンシロン試験 • 日内変動 (夕方に悪化),繰り返し食べると • AChR抗体 嚥下困難が増悪する • 反復神経刺激試験 MuSK抗体陽性 • 眼症状より,構音・嚥下障害が顕著で, MG 経口摂取が難しくなることが多い Lambert-Eaton 症候群 (LEMS) • 嚥下障害が初期症状となるが,MGより 頻度は低い • 下肢近位筋の脱力が目立つ 診断のポイント • MuSK抗体陽性 • 高頻度反復刺激試験 • VGCC抗体陽性 • 肺小細胞癌の検索
神経筋接合部疾患を疑うケース • 50歳未満の進行性の嚥下障害があるが,CK上昇が軽度または正常. • 日内変動や可逆性を認める嚥下障害 • 眼筋症状 (眼瞼下垂,複視) を伴う • AChR抗体は陰性だが,MuSK抗体の検査が未施行 • 下肢近位筋の筋力低下を伴い,反復運動で症状が改善する • 悪性腫瘍の病歴があり,嚥下障害が急に進行する
神経変性 疾患 神経筋 疾患 その他 ① Ramsay Hunt syndrome ② Wallenberg症候群
①Ramsay Hunt syndromeによる 嚥下障害(舌咽・迷走神経麻痺) Eur Arch Otorhinolaryngol. 2022;279(5):2239-2244. • 帯状疱疹ウイルス (VZV) に伴う神経症状は,VII,VIII 障害が 典型的であるが,稀に多発性脳神経障害を伴う. • 症例報告:74歳男性,急性耳痛,感音性難聴,顔面神経麻痺 にて受診.外耳道に水疱を伴う紅斑を認め,VZVのPCR(+). 左頬から口唇の帯状疱疹 さらに嚥下障害,嗄声,誤嚥性肺炎を呈した(VII,VIII,IX,X). • アシクロビル静注,ステロイド,眼の保護,経管栄養を行い, 6か月後に発声と嚥下機能は改善したものの,顔面神経麻痺 と感音性難聴が残存した. 左顔面神経麻痺
② Wallenberg症候群(延髄外側症候群) 【基礎知識】 • 比較的若年で突然,発症する脳梗塞で,椎骨脳底動脈の閉塞や解離が多い. • 嚥下障害の主病態は咽頭収縮不全と上部食道括約筋の開大不全(病変と同側). 【知っていただきたいこと】 • 唾液を飲み込むことも難しく,ベッドわきでずっとハンカチやティッシュを口にあてて 唾液を出すことが多いが,他の症状が乏しいことがある(歩ける嚥下障害).
Wallenberg症候群を疑うポイント • 発症様式:突然発症 • 随伴症状:ホルネル徴候・めまい・温痛覚の障害など • 喉頭内視鏡: 左右差を見逃さない 病巣側の下咽頭の唾液貯留 カーテン徴候(咽頭後壁を観察) 片側性の声帯麻痺
Neurol India. 2022 Sep-Oct;70(5):2258-2259. 発症2日目 発症11日目 動脈 左椎骨動脈 の高度狭窄
責任病変と症状 責任病変 三叉神経脊髄路核 外側脊髄視床路 下小脳脚または小脳接合部 交感神経下行路 疑核 前庭神経核 孤束核 症状 同側の顔面温痛覚障害 対側の体幹・四肢の温痛覚障害 同側の小脳性運動失調 同側のHorner症候群 嚥下困難(吻側),嗄声(尾側), 咽頭反射低下 回転性めまい,嘔気,眼振 同側の味覚障害
嚥下障害のみで,顔面温痛覚障害や嗄声を 認めない症例もある Neurol India. 2022 Sep-Oct;70(5):2258-2259. 責任病変 三叉神経脊髄路核 外側脊髄視床路 下小脳脚または小脳接合部 交感神経下行路 疑核 前庭神経核 孤束核 症状 同側の顔面温痛覚障害 対側の体幹・四肢の温痛覚障害 同側の小脳性運動失調 同側のHorner症候群 嚥下困難(吻側),嗄声(尾側), 咽頭反射低下 回転性めまい,嘔気,眼振 同側の味覚障害
Wallenberg症候群の病変の広がり
総括 • 嚥下障害にて発症することがある神経疾患として,ALS, 封入体筋炎,重症筋無力症,Wallenberg症候群などに注意す る必要がある. • 近年,神経筋疾患における食道期の障害が注目されている. 共同研究者:國枝顕二郎 ご清聴,どうもありがとうございました.