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March 16, 26
スライド概要
2026年3月15─17日に行われたベイズ統計学勉強会 春'25で発表に使った資料です。心理学や行動科学では反復測定分散分析(参加者内分析)がよく使われますが,その前提のひとつであるsphericity assumption (球状性の仮定) をわかりやすく説明した日本語の資料はあまりないので,資料を作成して公開しました。
大阪公立大学で教育と研究をしています。人が事物を認識する仕組みの解明を目指す知覚・認知心理学とその科学的方法(統計学,実験法など)に広く関心があります。
1/14 2026年3月16日 ベイズ統計学勉強会春’25 (ベイズ塾春合宿2025) 反復測定分散分析における 球状性の仮定について ──「球面性」と呼ぶのはもうやめよう!── 武藤 拓之 (Hiroyuki Muto) 大阪公立大学大学院 現代システム科学研究科
2/14 この発表のモチベーション ⚫ 反復測定分散分析は心理学や行動科学でよく使われる。 ⚫ 分析の前提のひとつにsphericity (球状性) の仮定がある。 ⚫ 球状性の仮定の違反は第一種の過誤率をインフレさせるが, 現実のデータでは容易に破られるため,実践上無視できない。 (e.g., 千野, 2013) ⚫ これほど重要な仮定なのに, 日本語でわかりやすく説明した資料は少ない。 → なら作ればいいじゃない! ⚫ sphericityは日本語ではしばしば「球面性」と訳されるが, この仮定は球の「面」に関するものではないためミスリーディング。 球面性 球状性 → 「球状性」を広めたい! ※「球面性」が適訳でないことは,私が学部生のころ, 恩師の千野直仁先生が何度も仰っていました。 千野 直仁 (2013). 行動研究における反復測定デザイン ANOVA の誤用-I 愛知学院大学心身科学部紀要, 9, 45-54.
3/14 反復測定分散分析の復習 ⚫ 今回は1要因3水準の反復測定分散分析を例に用いる。 (4水準以上の場合や2要因以上の場合も考え方は同じ。) ⚫ たとえば,50人の参加者全員に3つの実験条件を経験してもらい, 条件間で母平均に差があるかを検定したい。 N = 50 条件間で 差がありそうに 見える 分散分析の論理をもっとしっかり勉強したい人は,ぜひ下記の教科書をお読みください。 武藤 拓之 (2026, 近刊). 入門 これからの心理統計──推定と検定の統一的理解をめざして── 東京図書
4/14 反復測定分散分析の復習 ⚫ 1要因反復測定ANOVAの観測値は4つの成分に分解できる。 観測値の全体平均 𝑟行目の観測値 参加者の主効果 (平均的な個人差) 𝑠 𝑠×𝐴 𝑦𝑟 = 𝑦ത + 𝑎𝑟 + 𝑒𝑟 + 𝑒𝑟 主効果成分 参加者交互作用成分 (条件間差) (条件間差の個人差) ⚫ 検定や効果量の計算では, 「主効果𝑎𝑟 の平方和」と「参加者交互作用の平方和𝑒 (𝑠×𝐴) 」の 比を考える。(つまり,他の成分は基本的に無視してOK。) ⚫ 検定では,母集団における参加者交互作用成分の分布について 仮定を置くことでF分布が導出される。 ※母集団レベルでは主効果は定数 • 正規性,分散の同一性,参加者間の独立性,球状性 分散分析の論理をもっとしっかり勉強したい人は,ぜひ下記の教科書をお読みください。 武藤 拓之 (2026, 近刊). 入門 これからの心理統計──推定と検定の統一的理解をめざして── 東京図書
5/14 反復測定分散分析の復習 ⚫ 観測値の分解の具体例:観測値は成分の和と一致する。 今回の主役 𝑟 𝑖 𝑗 𝑦 𝑦ത 𝑎 𝑒 (𝑠) 𝑒 (𝑠×𝐴) 行番号 参加者 条件 観測値 全体平均 条件の 主効果 参加者 主効果 参加者 交互作用 1 1 1 3.08 4.00 -1.07 0.07 -0.66 2 1 2 4.20 4.00 -0.27 0.07 0.21 3 1 3 4.92 4.00 1.34 0.07 0.45 4 2 1 3.94 4.00 -1.07 0.11 0.15 5 2 2 3.53 4.00 -0.27 0.11 -0.49 6 2 3 ⋮ ⋮ ⋮ 4.85 ⋮ 4.00 ⋮ 1.34 ⋮ 0.11 ⋮ 0.34 ⋮ 148 50 1 0.82 4.00 -1.07 -2.15 -0.70 149 50 2 3.72 4.00 -0.27 -2.15 1.95 150 50 3 1.00 4.00 1.34 -2.15 -1.25 分散分析の論理をもっとしっかり勉強したい人は,ぜひ下記の教科書をお読みください。 武藤 拓之 (2026, 近刊). 入門 これからの心理統計──推定と検定の統一的理解をめざして── 東京図書
6/14 参加者交互作用成分を行列で表す 参加者 水準1 1 -0.66 2 0.15 3 0.73 4 0.62 5 0.37 6 -1.09 7 -0.86 8 0.06 9 -1.26 10 0.45 11 0.56 12 0.90 13 1.19 ⋮ ⋮ 50 -0.70 水準2 0.21 -0.49 -1.06 -1.27 -0.47 1.06 1.33 1.13 0.52 1.15 -1.03 -0.32 -0.24 ⋮ 1.95 水準3 0.45 0.34 0.33 0.66 0.10 0.03 -0.47 -1.19 0.74 -1.60 0.47 -0.58 -0.95 ⋮ -1.25 3次元ベクトルが 50本あると みなせる
7/14 参加者交互作用成分を行列で表す 参加者 水準1 1 -0.66 2 0.15 3 0.73 4 0.62 5 0.37 6 -1.09 7 -0.86 8 0.06 9 -1.26 10 0.45 11 0.56 12 0.90 13 1.19 ⋮ ⋮ 50 -0.70 水準2 0.21 -0.49 -1.06 -1.27 -0.47 1.06 1.33 1.13 0.52 1.15 -1.03 -0.32 -0.24 ⋮ 1.95 水準3 0.45 0.34 0.33 0.66 0.10 0.03 -0.47 -1.19 0.74 -1.60 0.47 -0.58 -0.95 ⋮ -1.25 3次元ベクトルが 50本あると みなせる 50個の点として プロットできる
8/14 参加者交互作用成分を行列で表す 参加者 水準1 1 -0.66 2 0.15 3 0.73 4 0.62 5 0.37 6 -1.09 7 -0.86 8 0.06 9 -1.26 10 0.45 11 0.56 12 0.90 13 1.19 ⋮ ⋮ 50 -0.70 水準2 0.21 -0.49 -1.06 -1.27 -0.47 1.06 1.33 1.13 0.52 1.15 -1.03 -0.32 -0.24 ⋮ 1.95 水準3 0.45 0.34 0.33 0.66 0.10 0.03 -0.47 -1.19 0.74 -1.60 0.47 -0.58 -0.95 ⋮ -1.25 3次元ベクトルが 50本あると みなせる どのベクトルも総和が0なので,自由度は3ではなく2。 したがって,すべての点は同一平面上に乗る。 50個の点として プロットできる
9/14 2次元平面にプロットしなおす
10/14 球状性の仮定の可視化 上下から 潰す 左上と 右下から 潰す 左右から 潰す 2 𝑠0° 2 𝑠90° 2 𝑠45° 右上と 左下から 潰す 2 𝑠135° どの方向から潰しても (射影しても) 母分散が等しい ⇔ (母集団で)すべての点が等方的に (円状・球状に) 広がっている ⇔ 球状性の仮定
11/14 球状性の仮定が成り立たない場合の例 球状性が満たされていない場合には, 次元ごとに分散が変わったり,次元間で相関が生じる。 (等方的に広がらない) ※軸はどこにとってもよいので,両者は本質的に同じ意味である。これは個人的に面白ポイント。
12/14 自由度3の場合 (たとえば1要因4水準) 中身ぎっしり! • 自由度が3のとき,各点は球状に分布する。 (球の「面」に集まることはほとんどない!) • 自由度4以上の場合は「超球」になる (可視化はできない)
13/14 球状性の仮定の同値表現 ◼ 1要因3水準の場合,球状性の仮定は以下のすべてと同値である。 1. 観測値の差分の母分散がすべて等しいこと 𝜎𝑌21 −𝑌2 = 𝜎𝑌22 −𝑌3 = 𝜎𝑌23 −𝑌1 ※4水準以上の場合には,これは必要条件にすぎない。 2. 観測値の複合対称性 (compound symmetry) i.e., 3条件の分散が等しく,かつすべての共分散が等しい。 ※一般には,複合対称性は球状性の十分条件で,必要条件とは限らない。 3. 参加者交互作用成分の共分散行列が以下の形に比例すること 1 −0.5 −0.5 自由度2のとき, Σ𝑒 (𝑠×𝐴) ∝ −0.5 1 −0.5 相関係数は 自由パラメータ −0.5 −0.5 1 ではない。 つまり,相関係数が-0.5に固定される。 モデリングの観点から見ると, 球状性がかなり強い仮定であることがわかる。
14/14 まとめと補足 ◼ 球状性の仮定=母集団で誤差成分が𝜈1 次元空間で等方的に分布 (分子の自由度) ⚫ なので「球面性」はミスリーディング。 (数学用語のsphereは球面を指すことが多いのでそう訳したい気持ちはわかる) ⚫ s×A成分の共分散構造に関する強い仮定 (自由度2の場合は自由パラメータなし) ◼ 球状性の仮定は容易に破られるうえに無視できない帰結をもたらす ⚫ 第一種の過誤率が上昇してしまう。 ⚫ 常にイプシロンを用いて自由度を補正することを推奨。 • Greenhouse–Geisserのε or Huynh–Feldtのε or Chi-Mullerのε • 球状性の検定後に結果に応じて補正するのは第一種の過誤率が上昇するので非推奨 ⚫ あるいは,線形混合モデルや階層ベイズモデルを用いて, 共分散構造を柔軟に指定する (ただし推定コストは増大)。 • 強い仮定は情報を補ってくれるが,モデルミスマッチのリスクは増大。 分散分析の論理をもっとしっかり勉強したい人は,ぜひ下記の教科書をお読みください。 武藤 拓之 (2026, 近刊). 入門 これからの心理統計──推定と検定の統一的理解をめざして── 東京図書