サービスへの生成AI(& LLM)の適応

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October 14, 24

スライド概要

生成AIはあらゆるサービス分野に影響を与えている。その影響範囲は枚挙に暇がない。しかし、一皮むいて生成AI導入例を眺めて見ると、案外、それを支援し、活用の指針を示すサービスモデルがないことに気付く。多分、企業組織に本格的に生成AIを導入しようとすると、チーム内に今までとはまるで違う「人間対非人間(生成AI)」のような世界も想定しなければなりません。だから、難しいということなのだろう。・・とは言えニーズも登場しています。という訳で、今回はこのような課題にどのように取組まれているかに焦点を当てて直近の状況をまとめてみた。

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定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。

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各ページのテキスト
1.

サービスへの生成AI(&LLM)の適応 B-frontier 研究所 高橋 浩 1

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目的 • 近年、サービスは企業と消費者の“共創”のスタイルで登場するこ とが定着してきていた。 • ところが、あらゆるサービスに影響を与える生成AIの登場は、こ のスタイルにも変化をもたらす可能性が出て来た。 • 背景に、生成AIを組織内中枢に本格導入することで生産性向上、 収益向上の手段とする期待が高まっていることがある。 • このようなニーズに答えるには、企業組織内チームに「人間対非 人間(生成AI)」の構造を本格導入し成果を挙げる必要がある。 • これは企業と消費者の“共創”のマーケティング的取組みから新技 術(生成AI)を組織に本格導入する際に必要な「技術と組織の融 合」を基盤とした新たな共創の必要性を示唆する。 • 本稿は、このような認識から、関連する研究の紹介を通じて新た なサービス創造の仕組みの考察を目的とする。

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目次 1. 2. 3. 4. 5. SDL:マーケティング指向のサービスモデル サービス創造における生成AIの傾向 「技術と組織の融合」(社会物質性)の理論 生成AIに適用した場合の先進的研究の紹介 生成AIを取り込んだサービスモデルはどの ようなものであるべきか? 3

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1.SDL:マーケティング指向のサービスモデル SDLとは? • SDL(サービスドミナント論理)は従来のGDL(モノドミナン ト論理)を抜本的に改訂するサービスモデルとして2004年に 導入され、2008年に大幅改訂された。 ・・・・・SL Vargo, RF Lusch(2004, 2008) • SDLモデルの要点は: • 「世の中の商売はすべてサービス」 • 「お客様は価値を作り出すパートナー」 • 「価値は企業と顧客との相互作用によって創造」 • 「お客様が使った時点で価値が生成」 • 「お客様が実際に利用した瞬間が価値創造の瞬間」 • 「価値の表現主体は消費者であり、企業ではない」 • 大筋で2008年版が現行に引き継がれているので、この版での 主要な修正内容を以下に示す。 4

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初期バージョンからの修正(1) ネットワーク • 2004年段階ではネットワークはAchrol,Webster,Kotler 等の企業サイド研究からの影響を受け継いでいた。 • 外部環境変化に柔軟に対応する組織形態 • 企業が専門化し企業同士が相互依存する組織形態 • 階層的組織よりもネットワーク的組織の方が有効 • これをGummesson等ノルディック派流のリレーション シップベース「ネットワーク」に変更した。 • すべての社会的、経済的行為者(個人、家庭、企業、国家な ど)を含むより複雑なネットワークへ • 価値創造は資源を統合し変形するプロセスによって発生 5

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初期バージョンからの修正(2) 組織・資源 • サービスを資源として捉える。 • 資源には組織が戦略的に意思決定する行為やプロセスも 含まれる。 • 例:知識やスキルの束が組織の重要な資源 • また、資源を作用するものと作用されるものに分離する ことで、資源を物質的なものに限定せず、資源によって 駆動される組織も把握できるようにする。 • 組織があらゆる資源を自覚し有機的に作用させることを意図 6

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初期バージョンからの修正(3) 価値共創 • 2004年では「共同生産者」としていたが、2008年版では 「価値共創者」とした。 • 「価値共創」とは売り手や買い手がともに協力しながら価値を 創造すること。サービスの行為者は企業、顧客(消費者)の全て サービス(service) サービシズ モノ(Goods) (services) サービスはモノ、サービシズの上位概念 価値共創 共同生産 価値の共創は共同生産の上位概念 • 価値共創メカニズム • 企業と顧客による資源統合によって価値共創が実現される。 • サービスの評価は消費者がおこなう。 • 企業はサービスを最大化するための価値創造と、そのための資源 統合を図らねばならない。 7

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SDLと生成AI時代の課題(まとめ) SDLの視点 • 企業と顧客がともに価値を生み出す「価値共創」を企業 活動の中心に位置づけて経営論理を再構築した。 • サービスをモノ経済の特殊形とする従来の見方から脱し て、モノをサービス経済の一形態と捉えたマーケティン グ指向の見方 生成AI時代に向けた課題 • SDLでは陽に技術の位置づけがないので、生成AI時代に必要 な技術と組織の融合のような視点が欠落する。 • 企業と組織の区別も曖昧に使用されている。 • 新技術登場の際、技術と組織を融合させて、サービスの多様 化、細分化を発展させる形態を構想する際に難がある。

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2.サービス創造における生成AIの傾向 生成AIの傾向 • 生成AI時代のサービス創造には従来と異なる傾向が登場 する。 生成AIが如何に独特かを以下の2点から示す。 その1 • ChatGPT機能の実証研究の成果から・・その1 その2 • 生成AIを活用した知識労働者の各接点の傾向から・・その2 9

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その1 ChatGPT機能検証による生成AIの傾向 • 著名な実証研究の例: • MITのS. Noy(2023)等によるChatGPTの生産性向上測定実験 研究2 • Stanford大のE. Brynjolfsson(2023)等による顧客問合せシステムへ のChatGPTアドオンによる生産性向上測定実験 研究1 • 主な結果: – ChatGPTの方が、人間よりタスク処理時間が短い。 – ChatGPTは、未経験者の方により有利な向上効果をもたらす。 – ChatGPTの方が、人間より処理内容が正確である。 10

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研究1 生成AIによる生産性向上測定の実験プラン • 実験実施者:MITの経済学系の大学院生(複数名) • 実施プラットフォーム:社会科学研究中心の調査プラットフォーム Prolificを利用 • 本プラットフォームで対応者を募り数万人から回答。その中から関心のある 職種で経験豊富な専門家444人を選定 • 選定職種はマネジャー、人事専門家、助成金作成者、マーケティング担当者、 コンサルタント、データアナリストの6種 • 実施方法: • 実施者に2つのタスクを依頼(それぞれ20~30分相当のタスク) • 2番目のタスク実施前にランダムに対象者をA,B2グループに分割 • Aグループ:ChatGPTへのサインアップを指示(2番目タスク実施前に使用 法確認の時間を与える)⇒ChatGPTが有用と判断した人にはタスク実施へ のChatGPT使用を許可する。 • Bグループ:2番目のタスクも1番目と同じ方法で作業実施を指示 11

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結果 – 約40%時間短縮 Aグループ 30分 17分 Bグループ 29分 27分 • Aグループ(ChatGPT使用)参 加者では生産性の不平等が劇 的に縮小 1番目タスクの評価(横軸)が2番目タスク の評価(縦軸)でどう変わったかのマッピング • 成績が低レベルの人は評価を挙げる が元々高レベルの人は(時間短縮以 外は)あまり変化しない。 1番目タスク 2番目タスク 成績(生産性)の不平等の減少 2番目タスクの成績評価 • Aグループ(ChatGPT使用)で は2番目タスクの実施時間が 1番目 2番目 大幅に短縮 タスク タスク 所要時間(分) 実施時間の短縮 1番目タスクの成績評価 12

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研究2 顧客問合せシステムにChatGPTをアドオン • 実施形態: • 2020年11月~2021年2月にOpen AI社のGPTファミリーを導入している、米 国大手ソフトウェア会社(複数社)に勤務する顧客サービス部門の5179名を対 象に分析(顧客とのチャット300万件を分析) • 生産性の尺度は時間当たりの問合せ解決数(RPH:Resolutions Per Hour) • 実施方法: • 対象者を2グループ(ChatGPTの支援を受けたグループと支援を受けなかったグ ループ)に分類して比較 • 支援を受けるグループの問合せ担当者は、顧客からのメッセージをChatGPT が読み込んでChatGPTから提示されるメッセージを参考にして顧客対応を行う。 13

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結果 • AI使用グループの問合 せ解決数は大幅に改善 – AI未使用者:1.7 – AI使用者:2.5 – (約50%効率UP) • 新人労働者は最初から AI支援を受けると習熟 期間が短縮化される。 • 短縮度は半分以下 14

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生成AIと知識労働の接点 その2 • 組織の既存データ(知識)に基づいてトレーニングできる生成AIの機能は次のような多 様な能力を開花させてサービス創造作業に影響を与えられる。 能力 テーマ 社会的相互作用 • • • 生成AIは知識労働者の社会的関係とプロセスの質と量に影響を与える。 知識労働者が知識伝達のため同僚を生成AI に置き換えた場合、従事するルーチンやプロセスが変わる。 生成AI 使用は同僚やチームのダイナミクスおよび社会的相互作用に関する組織構造に影響を与える。 暗黙的価値 • • • 生成AI使用の場合、明示的知識と暗黙的知識の作成、コード化、生成は組織に影響を与える。 生成AIによって作成された明示的知識から暗黙的知識を従業員が引き出すプロセスが変わる。 生成AIによって作成された推論フィードバック ループの危険性を回避することが求められる。 プロンプトエンジ ニアリング • • 生成AIの可能性を最大限に活用するスキルを特定し、そのスキルを習得する必要がある。 生成AIの入力形式は技術進化とともに変わるので (音声など)、ユーザーに大きな影響を与える。 適応的学習 • • • 生成AI活用を前提としたキャリア パスは大きく変動する。 生成AI活用が従業員の再訓練によってどの程度労働力不足に対処できるかを明確にする必要がある。 生成AIによる再訓練の結果、ドメイン固有の違いは従業員の各業界の浸透度に影響を与える。 情報の門番 • • 生成AIは、情報ゲートキーパーとしての知識労働者と管理職の専門的役割に影響を与える。 組織は階層間での情報への平等アクセスによって生じる権力構造の変化を管理する必要がある。 職業上のアイデン ティティ • • • 生成AIは従業員の職業上のアイデンティティに大きな変革を与える。 従業員は自分のアイデンティティを保護する新たなメカニズムを想定する必要がある。 生成AI活用と潜在的評判低下などが組織内外での従業員の社会的認知度に影響を与える。 • • 組織はAI によって生成されたコンテンツに対する責任をどの程度個人に移行するか検討が必要である。 AI システムから生成された知識に基づいて決定が下される場合、生成AI は所有権と説明責任の従来 の概念を適切に変更する必要がある。 生成AIの新たな要求に応える包括的な倫理フレームワークを開発する必要がある。 価値創造 価値検索 価値共有 価値に基づく アプリケー ション 可能性のある傾向(あるいは詳細化すべき課題) 倫理的枠組み • 15

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表の解説(1) 価値創造 • 組織は様々な構造化および非構造化データを処理するこ とで、コミュニケーションチャネル内の隠れたパターン、 関係性、洞察を発見することができる。 • 但し、組織が以前に蓄積した知識を使用すると既存成果 を引き継ぐリスクも生じ、新たに作成されたコンテンツ の価値に悪影響を与える場合もある。 価値検索 • 生成AIは組織が保有する暗黙知をコード化し明示的知識 に変換することを支援できるので多くの従業員にメリッ トをもたらす可能性がある。

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表の解説(2) 価値共有 • 価値創造と価値検索を超えて、生成AIは 1) 従業員の質 問に答えることによる知識の共有、2) カスタマイズされ た学習体験の促進によるパーソナライズされたフィード バック機能の提供などを行える。 価値に基づくアプリケーション • プロセスの拡張や自動化を行うことで、様々な経験とス キルを持つ従業員が同等のタスクを実行できるようにな り、生産性向上に貢献できる。 • しかし、これは反面で明示的知識に基づく職務の重要性 を失わせ、組織変革を引き起こすキッカケになる。

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サービス創造における生成AIの傾向(まとめ) 人間よりタスク処理時間が短い。 • 平均してChatGPT利用の方が約40%処理時間が短かった。 • 既存システムにChatGPTアドオンで問合せ処理した方が50%処理件数が 向上した。 未経験者の方により向上効果が大きい。 • 能力の低い担当者の作業時間の短縮化と出力品質の向上は両方達成でき たが、能力の高い担当者の品質は既存水準に留まった。 • 最初からChatGPTの支援を受けると最大で習熟期間が半減した。 生成AIと知識労働との接点より • コミュニケーションチャネル内の隠れたパターンや関係性、洞察を発見 できる。 • 暗黙知を明示的知識に変換することで多様な価値を提供できる。 • 更に、価値創造、価値検索を超えて価値共有に進むことができる。 • プロセスの拡張や自動化を行うことで、様々な経験とスキルを持つ従業 員が同等のタスクを実行できる。 18

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3.「技術と組織の融合」の理論 社会物質性(Sociomateriality)とは? • 社会物質性は元々は「組織における技術と仕事の融合」を 目的として導入された。・・WJ. Orlikowski et al.(2008) • 背景に、IT普及によって組織へのデジタル化の影響が大き くなっていたにもかかわらず、当時の経営学は技術、組織、 仕事を別々に概念化するのみで、適切な対応をしていな かったことがある。 • 社会物質性の要点: • 「技術と組織は根源的に不可分」 • 「技術の開発と利用、社会的過程と物質的過程を総合的に見る」 • 「組織の中の情報実践を把握するには技術開発と利用を峻別しない」 • 「社会的過程と物質的過程も区別しない」 • 「情報システム実現の方法は企業(組織)と顧客との相互作用による」 19

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技術と組織に関する2つの研究の流れ • デジタル化の進展は研究の流れ B.の必要性を拡大させたが、生成AI の登場は一層研究の流れ B.へのシフトを加速させていることを示唆 する。 研究の流れ A. 研究の流れ B.(社会物質性的研究) オントロジーの優先順位 離散エンティティ 相互依存するアンサンブル 主なメカニズム 影響、節度 相互作用、アフォーダンス 論理構造 分散 プロセス 重要な概念 技術的な必然的偶発性(コ ンテンジェンシー) 社会構成主義の構造化 社会と技術世界の見方 人間/組織とテクノロジー 人間/組織と技術は、継続的 は、固有の特性を持つ個 な相互作用を通じて互いに形 別の独立した存在である。 づくられる相互依存的なシス テムである。 20

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研究の流れ B. の輪郭 • 技術は組織化を達成する複雑なプロセスの一部として理解される。 • この流れ B.で研究されている課題の例: • 新しい情報システムを理解することでどのような意味が生まれるか? • 技術の実装は技術と組織の相互適応をどのように伴うか? • 電子メディアの使用などに伴う新たな規範は既存の文化的規範や慣行にどの ように関わって形作られるか? • 技術はどのようにして異なるコミュニティ間で知識を共有するための境界オ ブジェクトとして機能するか? • 技術の設計と使用によって仕事の性質はどのように変化するか ? • 電子監視などはチームのダイナミクスにどのように影響するか? • リードユーザーは新しい技術の性質と機能をどのように形作るか? • 技術の使用によって組織の関係性はどのように再構築されるか? • 権力の位置付けによって時間の経過とともに技術の設計はどのように形作ら れるか? • など 21

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SDLサービスモデルと社会物質性由来のサービスモデル 以上の予備知識からSDLサービスモデルと社会物質性由来のサービスモデルを比較する。 SDLサービスモデル 社会物質性流サービスモデル ネットワーク 全ての社会的、経済的行為者(個人, 企業, 国家, 他)を含むネットワーク ー 組織(資源) 資源を作用するもの、作用されるも のに分離し、資源によって駆動され る組織も把握できるようにする。 組織と技術融合での利用形態に はアフォーダンスの理論が適し ている。 ー 社会的物質的性質に着目し組織 内の情報実践を捉える。 ー 技術開発と利用、社会的過程と 物質的過程を峻別せず組織と技 術の融合を最大の課題とする。 リレーションシッ プ 一方向性から企業と顧客の相互方向 性へ 技術(生成AI)絡みの関係性高度 化でパートナーシップを形成へ 価値共創 企業と顧客との相互作用を資源の最 適統合によって最大化 相互依存する技術と組織の融合 のプロセスを最適化 スコープ 主としてマーケティング指向の価値 見直しにフォーカス 主に新技術活用に重要な組織と 技術の一体化にフォーカス 技術(社会物質性) 組織と技術 22

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アフォーダンスとは? • 前述で登場する「アフォーダンス」の概念は元々は知覚 心理学研究の一環として導入された。・・・・・・・ James Gibson(1986) • 「アフォーダンス」は「特定の目的を持った個人または 組織が、その技術、資源などを使用して何ができる か?」という視点に焦点を当てる。 • 今回の文脈では「アクター(管理者)はその品質/機能で はなく、特定の用途の文脈で価値生成するために生成AI と対話する。」と定義できる。 • 特定のユーザー(または文脈)に関係して、オブジェク ト(生成AI、デジタル技術、APIなどの境界資源)によっ て提供される活動の可能性を認識するのに有効とされて いる。

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社会物質性と絡み合うプロセスをSDLモデルと対比したクロスモデル マクロビュー 顧客 GDL サービス的進化 企業の実践とアイデンティティ SDL 組織の実践とアイデンティティ ミクロビュー 組織ルーチンと技術の変化 社会物質性 的絡み合い 意図 アフォーダンス /制約 24

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生成AI導入と社会物質性(まとめ) 社会物質性の視点 • 技術革新の激しいビジネス環境ニーズに答えた「組織と 技術の融合」理論を確立した。 • 技術と組織が分離していた当時の経営学を改訂した、特 に組織論分野の成果 生成AI時代に向けた効果 • SDLモデルの弱点(新技術に対応する側面)を補完するモデ ルとして社会物質性由来のサービスモデルは評価できる。 • 両モデルを組合わせて組織に生成AIを導入する際の課題 をより詳細に可視化できる。

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4.生成AIに適用した先進研究の紹介 基本認識 組織に生成AIを導入したケースの分析に社会物質性的アプローチを採用した事例 • 生成AIが人間のような能力を高めて行くに連れ、AIをツール の視点でのみ評価するのではなく、AIを人間とのコラボレー ションの参加者と見做す見方に移行すべきとの認識が高まっ ている。 • しかし、このような状況への研究が期待されてはいるが、人 間と生成AIの関係性に関する実証研究は極めて少ない。 • また、研究の方法論は現状では定性的アプローチにならざる を得ない。 • そこで、本節ではこの研究に社会物質性アプローチを工夫を 凝らして採用した研究を紹介する。

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研究に対する基本方針 • 生成AIは既に個別には管理タスク、戦略タスクの双方に対応 でき、経営慣行のあらゆる範囲に参入できるレベルに達して いると評価されている。 • これにより、生成AIを管理者の日常業務の対等な対応相手と 捉える文脈が生まれている。 • しかしその一方、管理者が生成AIをどのように扱うのかにつ いての疑念も生じている。 • また、生成AIのブラックボックス的特性がAI出力の不確実性 を生じさせ、生成AIを適応する職種/職場によって大きく状 況が異なるので、このことも研究の妨げになっている。 • そこで、本研究は、適応分野を特定せず、生成AIと人間との 関係をミクロレベルのAIと人間のやり取り(社会物質性的アプ ローチ)に焦点を当てる。そして、ツールベースとコラボレー ションベースに二分する考え方で進めている。

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方法論 • 生成AIと管理者の関係性を、組織慣行ではなく、生成AIと管理者 間のミクロな関係慣行に焦点を当てる。 • 適切な当事者に高度に準備したインタビューを行うことで有益な 関係慣行に関わる情報を収集する。 • 関係慣行に焦点を当てて収集したデータをテーマ別に分類する。 • そうすることで、生成AIと管理者双方が関与する行動から、両者 間の関係性を形成する進化のプロセス(社会物質性流の価値創造) に係わる知見を抽出する。 • 実験概要プロフィール: • 構造化した2段階のインタビューの実施(28件) • インタビュー相手:ドイツ、スエーデンの大手企業の当該テーマに適切 なキーマンへのインタビュー(CTO, 戦略担当役員, 等) • インタビュー手法の概要を次頁表に示す。 • 第1段階:ミクロなやり取りから関係慣行に関わる項目を抽出 • 第2段階:収集データからテーマを特定

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インタビュー時のミクロレベルの設定とテーマの分類 第1段階:ミクロな関係慣行のやり取り 第2段階:テーマの特定 ルーチンベースのタスク、時間のかかるタスク、思考プロセ スに関するインスピレーション、などを対象とする。 「AIはタスクを実行するものであると認識す る」視点 戦略的タスクに費やす時間が増え、パートナーと過ごす時間 が増え、仕事の質を高める時間が増えるのを改善する視点 「管理者はAIによりより多くのタスクを実行 できる」との視点 データアクセスの実施や、それと関係するサードパーティ情 「AIはデータの可用性を獲得できるが課題も 報、個人情報、戦略的な企業情報の扱い、などを対象とする。 多い」との視点 実践の適応、不明瞭な使用法、時間のかかるプロンプト、な どを対象とする。 「管理者が仕事の習慣を変える必要がある」 との視点 不確かなトピックを確認する視点 「AIが個人への安心感を与え得る」との視点 AIによる誤った結果の可能性、幻覚に対する感受性、倫理に 対する感受性、情報源の制御、などを対象とする。 「管理者が事実確認を厳格に行う」との視点 管理者が生成された結果に責任を負う視点 「AIが仕事の責任を問う(または負う)」視点 生成AIの結果の書き換え、著作権の確保、努力への感謝、な どの視点 「管理者がパーソナライズを行う」視点 応答性の高い議論、簡易なユーザーインターフェース、管理 者と AI 間の文脈の提供、などの視点 「AIが人間のようにコミュニケーションす る」視点 ニックネーム、同僚の代わりになるAIのアプローチ、AIなし では想像できない状態、などへの視点 「管理者が人間同士のやり取りをAIに置き換 える」視点 文脈に関する理解度が低い、フォローアップの質問に対する 積極性がない、などの視点 「AIは完全な人間ではないと認識する」視点 結果を人間に提示する、人間の経験を加える、などの視点 「管理者がグループの結束を求める」視点 集約された相互作用 支援 ためらい 検証 パートナーシップ

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インタビューの例 支援 【「会議に参加する人数が減り、生成AI が生成した要 約が送信されてきます。」「会議中に話された内容は これです。これが重要なポイントです。実行されたタ スクはこれです」。 … 電子メールで済ませられるは ずの会議に時間を費やす代わりに、要約を受け取るだ けで済む。】 ためらい【この業界では時間はお金です。私たちは時間を売ってお り、誰もが週末、夕方、夜にたくさん働くというプレッ シャーにさらされています。そして、少し時間を取って 「いや、でも今は新しいやり方でやってみよう」と立ち止 まらなければなりません。これは、何か新しいことを始め る前の境界線のようなものです。】

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インタビューの例(続) 検証 【多くの場合、それ(生成AI)は形式的すぎるように聞こ えます。単に良すぎるように聞こえます。 「私の同僚はそれを書きませんでした。(…)彼がそ のように書くのを見たことはありません。しかし、今 では突然、彼は(生成AIを意識してか?)非常に正確 で形式的に書くようになりました。」】 パートナーシップ【私のコミュニケーターは、通常、CEO のスピーチを書く のを手伝ってくれます。一緒に座ってしばらく過ごすこと もよくあります(…)。そのため、準備ができるまでに数 回のターンが必要です。今回は、土曜日に AI を介してほ ぼ瞬時に行われ、週末に来てこれを書く必要はありません でした。 】

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管理者が生成AIと関係性を形成する進化のプロセス 観点 相互作用 支援 ツールの 観点 ためらい 検証 AIの役割 アフォーダンス 制約事項 「ジュニアアシスタ ント」 AIは、責任やタスクに関する知識 があまり必要とされない、ルーチ ンベースで時間のかかるタスクを 引き継ぐことができる。 AIへの信頼は非常に限ら れており、意思決定を含 むタスクは関係から除外 されている。 この関係は、AIからより良い結果 を得るためにルーチンを適応およ び変更する価値があると考える。 信頼と責任はデータセ キュリティの面で敏感な 話題であり、適応を遅ら せる。 AIは高い知識を持ち、不安の障壁 を克服し、状況を理解する上で管 理者を支援することができると考 える。但し、責任は草案や提案の 提供まで管理者に及ぶ。 AIに対する信頼は、幻覚 や誤解によって依然とし て限定的である。管理者 は、AIのソースと文言に ついて深く考えることで 責任を負い続ける。 この関係は、高い信頼と低い反省 などで人間との関係に匹敵する。 特定の分野では人間よりもAIのほ うが安心できると管理者が感じる 領域にまで及ぶ。 AIは連帯感を提供できな いため、人間の同僚への 信頼はより重視される 「社外フリーラン サー」 「知識のある人」 コラボ レーショ ンの観点 パートナー シップ 「仲間」で「同僚」 :AIが管理者の「同僚」になるまでの4つのステップを示している。

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表の解説:ツールの観点 • 試行錯誤の段階を通じて管理者はAIを経営慣行のツールとして認識する。 「ジュニアアシスタント」の段階: • 管理者はAIと対話することで毎日の作業負荷を軽減することを目指す。 • そして不要な義務から解放されることで管理業務を実行するAIに反応する。 • 相互作用(支援)はAIが意図した目標を達成できるかどうかという管理者 の認識(アフォーダンス)に基づいている。 「社外フリーランサー」の段階: • 生成AIを管理者の日常業務に組み込むには仕事の習慣を変える必要が出 て来る。 • そして、潜在的データの漏洩やデータ分析に対するためらいが管理者に とってのリスクと認識される。 • この過程で管理者は不透明なツールによって制御を受けたと認識した場 合、AIを自らと密接な関係にない社外フリーランサーのように感じる。

34.

表の解説:コラボレーションの観点 • 管理者はAI活用をプライバシーや信頼性リスク克服の調整と認識する。 「知識のある人」の段階: • 管理者はAIから提供された結果を事実検証する新たな慣行を作成する。 • その中でAIの知識と管理者の曖昧な質問に回答し文脈をより良く理解する AIの能力を確認する。 • このことでAIの利点を特定し、生成AIによる管理業務の増強を目指す。 「「仲間」で「同僚」」の段階: • 管理者とAIとの相互作用は目に見えて絡み合うようになる。 • 管理者は徐々に同僚の代わりにAIにアプローチするようにルーチンを変 更し、AIとの間が人間とのやり取りのようになってくる。 • 結果、管理者は同僚よりもAIとのやり取りの方がより快適だと感じる場 面も登場してくる。

35.

最終段階の「パートナーシップ」 • 最終的には管理者とAIとの関係性は収集されたデータに基 づくパートナーの段階に到達する。 • 但し、生成AIは急速に変化する技術であり、アルゴリズム も常に更新されるので、時間の経過とともに関係性も変化 する運命にある。 • それにも関わらず、管理者はAIとのミクロな視点からの関 係性に一定の安定を維持できる可能性がある。 • 何故なら、インタビューの結果からはAIに基づく意思決定 に言及した人はおらず、寧ろAIに意思決定を任せないこと が強調されていた。実践的な範囲限定の知恵が存在し得る。 • AIは意思決定に重要な暗黙知、即ち経験を通じて具体化さ れた知識に基づく判断力は欠けており、AIへの信頼と連帯 感が向く範囲は特定されると考えられる。

36.

社会物質性的アプローチによる実証研究(まとめ) • 生成AIを人間とのコラボレーションの参加者と見做すべきとの認識が 高まっている。 • 但し、各適用分野毎に異なる組織慣行に着目するよりは、ミクロな関 係慣行に着目する方が適切な可能性がある。 • この方法で両者間の関係性を社会物質性的アプローチで探索した結果 下記の知見を得た。 • ミクロな関係慣行のやり取りからテーマを特定し最終的に相互作用パターンを 抽出できた。 • これを元に生成AIの役割を「ジュニアアシスタント」「社外フリーランサー」 「知識のある人」「“仲間”で“同僚”」と特定した。 • これは生成AIが管理者の“同僚”になるまでの4つのステップとも見做せる。 • この4ステップは前2者をツールベース、後2者をコラボレーションベースと見 做せる。 • この枠組みは生成AI活用におけるツールベースとコラボレーションを 峻別した社会物質性的アプローチのサービスモデルと言える。 36

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5.生成AIを取り込んだサービスモデルはどのようであるべきか? 生成AI時代に向けたサービスモデルの在り方 • 生成AIは従来技術と異なった特性を持つ(第2節)。 • 汎用的能力(処理時間が短い、未熟練者の利用効果の方が大きい、 等)に加えて、知識労働の各接点でも特色がある。 • これらが、自動化促進、人材配置転換促進、新AIリテラシー教育促 進などによって組織変革に及ぶ要因になる。 • そこで、課題は単なるマーケティング的視点を超えて組織変 革に対する総合的ソリューションを要求する。 • 従って、これに向けても対応できる新たなサービスモデルの 構築が望ましい。 • このような視点から、本節では組織に本格的に生成AIを導入 した場合のSDLサービスモデルと社会物質性由来のサービス モデルを統合したモデルを構想する。

38.

サービスモデルの構成 • SDLサービスモデルと社会物質性由来サービスモデルの統合 を下記2ステップで検討する。 2ステップの内容: ステップ1:• より個別サービスに近い社会物質性由来モデル側で組織へ生 成AI導入時の形式を規定する。 ✓ツールベース活用 ✓コラボレーションベース活用、など・・・・・次頁図 ステップ2:• よりマクロな視点のSDLモデルとそれを補完するミクロな社 会物質性由来モデルを両者で重複する組織(資源)をキーにし てリンクする。 ✓共通項に基づくリンク ✓サービス種別でのフィードバック、など・・・次々頁図 • このビューに基づいて既SDLサービスモデルの修正案も記す。

39.

ステップ1 組織への生成AI導入の形式 著者作成 生成AI活用サービス名 既存組織 + 生成AI 組 織 変 革 と 生 成 AI と の 融 合 体験に基づく暗黙知の世界 ツールレベルの活用 ・組織変革 ・従業員の移動 ・AIリテラシー教育 法務サービス 定型マーケティング 定型事務サービス コールセンター 翻訳・要約他 コラボレーションでの活用 ・組織変革 ・従業員の移動 ・AIリテラシー教育 医療サービス 定型基幹サービス 研究・開発他 人間中心の世界 ・組織変革 ・従業員の移動 ・AIリテラシー教育 教育サービス 検証大 検証小 検証大 検証小 検証大 高度の意思決定 高度の診断 直観的判断 未来予測他 検証小 39

40.

ステップ2 SDLモデルと社会物質性由来モデルの統合 著者作成 マクロビュー SDLサービスモデル に生成AI導入 サービス種別でフィードバック ミクロビュー サービスを資源と把握 知識は組織の重要な資源 共通項に基づいてリンク 40

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SDLサービスモデルの修正案 • SDLモデルの根幹の「企業と顧客の共創モデル」に技術主導の生 成AIを挿入する必要がある。 • 特に企業に生成AI本格導入の場合、企業内組織と生成AIとの「人 間対非人間」コラボレーションが課題になる。 • そこで、技術・組織融合は社会物質性由来モデルに委ね、SDLモ デルからは、両モデルの共通項を介して社会物質性由来モデルに リンクする。 • 社会物質性由来モデルは、実証研究(第4節)の成果から、当面は生成AIの ツールベース活用、コラボレーションベース活用とする。 • 当面は2種だが、将来的には多面化があり得る。 • 社会物質性由来モデルを活用して細分化・詳細化された個別サー ビスは、全体としてSDLモデルにもフィードバックされる。 • 以上、生成AI導入のため、既存SDLモデルに社会物質性由来モデ ルをリンクして技術・組織融合の課題を補完する案があり得る。

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生成AI時代におけるサービスモデルの位置づけ(まとめ) • 企業と消費者の“共創”を過度に強調するのは生成AIの本格普及環 境では必ずしも相応しくない。 • 代わりに、生成AIと組織の融合によって、如何に新たなサービス を提供する基盤を整備するかが重要になる。 • 背景に、生成AIの世界では、サービス消費者がサービス利用起因で 生成するデータが再度新たな生成AIトレーニングデータになるサイ クルの存在がある。 • 結果、新たなデータでトレーニングされたサービスはサービス高度 化に資する一方、過去の低品質のデータを引きずりサービスを不適 切にする原因になる。 • ここでは、消費者は単にサービスの利用者というだけでなくサー ビスの信頼性の一部を担うサービス監視者的役割も期待される。 • このような環境でのサービスモデルは、従来に比して、よりサー ビスの信頼を担保するフレームワークとしての役割を持つ。 42

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全体まとめ • デジタル化の進展に大きな影響を受けた、あるいは触発された2つ の理論が2000年代初期に登場した。 • SDLサービスモデル • 社会物質性(Sociomateriality)理論 • 今回登場した生成AI技術は、デジタル化の要因であったインター ネット技術にも例えられる本質的技術の登場と評価されている。 • そうであるならば、この新たな状況に対応する新たな理論が登場す る可能性はあるが、それにはかなりの熟成期間が必要になる。 • そこで、この端境期における生成AI導入に関わる課題の対応には別 の工夫がいる。 • 既存理論の改良あるいは複数理論の組み合わせによって当面の対応 を行うのが現実的かもしれない。 • このような視点から、SDLサービスモデルの一部修正と社会物質性 サービスモデルの組み合わせの試みを具体化した。 • 組織に生成AIを本格導入する際の指針として有効性が期待される。

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文献