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April 27, 26
スライド概要
最近、矢継ぎ早にレベルアップした生成AIが市場に提供されている。4月24日にはDeepSeekが1年ぶりに新モデル「V4」を発表した。2月には、Anthropicも最上位モデルClaude Opus 4.6を、同じくGoogleはGemini 3.1 Proを発表している。DeepSeekはこれら最新製品と比較して「推理能力では世界最高水準」と主張している。最近の性能比較では「推論能力」が重視されている。そこで、今回は、何故推論機能の向上が生成AIの将来にとって重要なのか、また今後のAI世界にどのような影響を与えるのかについて、注目論文を紐解いて紹介してみる。
定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。
推論モデルが示唆する新たな世界 B-frontier 研究所 高橋 浩
目的 • 最近、難解な課題に飛躍的解決をもたらすように進化を遂 げた生成AIが話題になっている。 • 例えば、最高峰の推論・マルチモーダル能力を持つとされ るGoogleの最新AIモデルGemini 3.1 Pro(2026年2月), ある いは「推論能力では世界最高水準」と主張している DeepSeek V4 Pro(2026年4月)などである。 • 昨年, DeepSeekが登場した際も、推論強化版DeepSeek R1(2025年1月)の能力が話題になった。 • こうした観察から本稿は以下を探索することを目的とする。 ①推論強化モデルの能力は何故高いのか? ②この特性は今後のAI普及にどのような影響を与えるか? 2
目次 1. 2. 3. 4. 5. はじめに 最近の推論モデル研究の核心 本研究の結論と意義 本研究の視野からの関連研究 これからの取組みへの示唆 3
1.はじめに Googleの研究者*、AIの「次の知能爆発」を提唱 Agentic AI and the next intelligence explosion(J.Evans, 2026) *:Google Paradigms of Intelligence (Pi)Team所属の研究者達 AIの進化は単一の超知能が出現するシンギュラリティではなく“社会的知能” 要点 1• AIの進化は「単一の超知能が出現するシンギュラリティ」で はなく、人間とAI、さらにはAI同士が関わり合う社会的シス テムとして発展する可能性が高い。 2• 推論モデル内部では複数の“視点(話者)”が議論する「思考の社 会(Society of Thought)」が発生しており、この相互作用の 仕組みの延長線上に「次の知能爆発」が発生する可能性があ る。 4
従来の「シンギュラリティ」観を再考 要点の分解1 ① 長年、AIは自己改良を繰り返し、人間の知能を大きく超え る単一超知能(AGI/ASI)が出現すると語られてきた。しかし、 この前提は誤っている可能性があるかもしれない。 ② 知能は、単一の尺度で測られるものではなく、多次元的な 関係性の中で成立する性質を持っている。 ③ 人間の知能そのものも個人単位ではなく社会的集合体とし て成立すると考えられる。 5
推論モデル内部で生まれる「思考の社会」 要点の分解2 ① 最新の推論モデルでは興味深い現象が見られる。 ② DeepSeek-R1やQwQ-32Bなどの推論モデルは、単に長く推 論することで性能を向上させているのではなく、内部で複数 の視点(話者)が議論する構造が生成されている可能性がある。 ③ この内部プロセスでは、異なる仮説や視点(話者)が互いに議 論し、質問し、検証し合いながら結論へと収束して行く。 ④ この構造を「Society of Thought(思考の社会)」と呼ぶ。 “マルチエージェント間の相互作用による暗黙的シミュレー ション”が性能向上に寄与していると考えられる。 6
2.最近の推論モデル研究の核心 研究の背景と核心 本節は何故このように考えられるのかを扱う。背景を下記に示す。 1. DeepSeek-R1やQwQ-32Bといった最新の推論強化モデル は、複雑なタスクに対して高い性能を発揮している。 2. これは、従来は単に「長く考える(長い思考の連鎖: Chain of Thought)」のためだと考えられてきた。 3. しかし、「ただ長く考えているのではなく、モデルの内部 で複数の視点(話者)による議論(脳内会議)が行われているか らだ」との新たな視点(思考の社会)が想起されている。 この点を実際に実験を行うことで実証する。 7
• 測定方法: 分析方法 • 指示調整モデルと推論強化モデルを選択して比較する。 • 既存ベンチマークから8,262個の課題をサンプリングし、推論ト レースを生成して比較する方法を取る。 • 思考社会生成を確認できそうな“多様性, 視点数”等の指標を導入する。 • LLMを使用して比較する場合はGemini-2.5-Proを使用する。 • モデルの選択: • オープンソースモデルとして公開されているものの中から下記 を選択する。 例1 例2 例3 指示調整モデル DeepSeek-V3 Qwen-2.5-32B Llama-3.1-8B Llama-3.3-70B 推論強化モデル DeepSeek-R1 QwQ-32B 8
結果1:推論モデルは推論トレース長が長い 推論トレース長を測定 • 推論トレース長を推論トレース あたりの単語数で測定する。 • 対数変換した推論トレース長 の分布を示す。 推論トレース長 観察1 • 推論強化モデルの方が推論ト レース長が長い。 • 特にDeepSeek-R1が長く、 QwQ-32B がそれに続く。 Log(推論トレース長) 9
結果2:推論モデルはより会話的行動が多い 双方向の対話を構成する会話的行動を測定 • 会話的行動を、①質問応答、② 視点転換、③視点の衝突、④和 解、の4つに分解して調査する。 • 4会話行動は与えられた問題を探索 するためのシミュレーション行動とし て定義する。 会話的行動 ①質問応答 ②視点転換 ④和解 観察2 • 推論強化モデル(DeepSeek-R1、 QwQ-32B )が4つの行動全てで 強固な会話的行動を示している。 • 若干QwQ-32B の方が強い。 ③視点の衝突 10
結果3:推論モデルはより社会情緒的役割を果たす 対話と関係が深い社会情緒的役割を測定 社会情緒的役割 • 社会情緒的役割を下記4つに分解して調査する。 社会情緒的役割 ①肯定的感情役割 項目 ① 肯定的感情役割 同意、連帯感、緊張緩和 ② 情報要求 方向性、意見、提案を求める ③ 否定的感情役割 不一致、敵対心、緊張 ④ 情報提供 方向性、意見、提案を与える ②情報要求 ④情報提供 観察3 • 推論強化モデル(DeepSeek-R1、QwQ32B )は④情報提供を除いて圧倒的に社会 情緒的役割が高い。 • 指示調整モデルも, ④情報提供は遜色ない。 ③否定的感情役割 11
結果4:推論モデルはより視点(話者)数が多い LLMを判定者として用いて識別した、推論トレー スにおける異なる視点(話者)の数の分布を測定 視点(話者)数 • 問題の複雑性はLLM(Gemini-2.5 Pro)によって評価する。 観察4 • 推論強化モデル(DeepSeek-R1、 QwQ-32B )は圧倒的に視点(話者)数 が多く、視点(話者)数3に緩いピーク がある。 • 一方、指示調整モデルは視点(話者) 数1に張り付いている。 LLMを判定者として識別した、推論ト レースにおける異なる視点(話者)の数 12
結果5:推論モデルはより暗黙的推論の多様性が高い 暗黙的推論の多様性を測定 暗黙的推論の多様性 • 暗黙的推論の多様性を、① 外向的、②協調的、③良心的、 ④神経症的、➄開放的の5つ に分解して調査する。 • 5つの調査結果と統合した結 果の両方を示す。 観察4 • 推論強化モデル(DeepSeekR1、QwQ-32B )は①②④⑤ が顕著に高い。 • 一方、指示調整モデルは③が高 い。しかし、その差は小さい。 13
結果6:推論モデルはより専門知識の多様性が高い 専門知識の多様性 観察6 • 推論強化モデル(DeepSeekR1、QwQ-32B )は圧倒的に専 門知識の多様性が高い。 • 特にQwQ-32B が優れている。 コサイン(cos) 距離のZ-スコア • 専門知識の多様性を対象領域 の専門知識記述における会話 エージェントの分散に着目して 測定する(各専門知識埋め込 みと全埋め込み間の平均コサ イン(cos)距離として測定)。 専門知識の多様性の平均値 暗黙的推論視点の専門知識の多様性を測定 14
主な結果のまとめ:AIの「脳内会議」の推測 • 研究チームは、以上のような推論プロセスの定量的分析により、 以下の現象を発見したと主張している。 • 多角的なシミュレーション: • 推論モデルは、内部で異なる専門知識や性格(批判的な検閲官、創造 的なアイデアマンなど)を持つ複数のエージェントが対話しているか のように振る舞う。 • 対話的行動の発生: • 内部で「自問自答」「視点の転換」「矛盾の調整」のような会話的プ ロセスが自然発生しており、これが推論の正確性を支える。 • 多様性の高さ: • 従来の指示調整モデルに比べ、推論モデルは内部での意見の対立や多 様な視点の切り替えが圧倒的に多い。 15
3.本研究の結論と意義 • 結論と意義 本節は、前節の“AIの「脳内会議」の推測”を元に研究の結論と意義を 以下の4点で述べる。 1. 知能の進化は「社会的プロセス」 2. 人間とAIが融合する「ケンタウロス型知能」 3. AI社会では「制度設計」が重要に 4. 「知能爆発」はすでに始まっている 16
1.知能の進化は「社会的プロセス」 ① 知能の進化は歴史的にも社会的なプロセスとして起きてき ていた。 ② 言語の発明は知識の共有を可能にし、文字や法律、官僚制 度などは社会の知能を個人の能力の限界を超えて拡張させ てきた。 ③ こうした制度や文化は、人間の社会全体を一種の認知シス テムとして機能させてきた。 ④ 即ち、過去の「知能爆発」は、個体の脳の能力が突然高 まったからではなく、社会的に共有された知識や制度に よって知能の単位が拡張されてきた結果起きた。 17
2.人間とAIが融合する「ケンタウロス型知能」 ① 今後の知能の形としては「human-AI centaurs(ケンタウ ロス型知能)」という概念が提示される。 ② これは、人間とAIが混在する複合的な知能システムを指す。 ③ 例えば、人間が複数のAIエージェントを指揮する形や、AI が多くの人間を支援する形など、さまざまな構成が考えら れる。 ④ 将来的には数十億の人間と数百億あるいはそれ以上のAI エージェントが相互作用する巨大な知能ネットワークが形 成されるかもしれない。 18
3.AI社会では「制度設計」が重要に ① このようなビジョンにおいては、AI社会の運用には制度設 計が不可欠になる。 ② 現在のAI調整手法として広く用いられている「RLHF(人間 のフィードバックによる強化学習)」は、人間とAIの1対1 関係を前提にしている。 ③ そのため、数十億のAIエージェントが存在するような社会 には適さない。 ④ 役割や規範、監視構造などを持つ社会制度としてAIを設計 する「institutional alignment(制度的整合)」がこれか らは重要になると考えられる。 19
4.「知能爆発」はすでに始まっている ① 知能の爆発的進化は未来の出来事ではなく、すでに始まり つつある。 ② 推論モデル内部の「思考の社会」、人間とAIの協働による 知識労働、AIエージェント同士の協働などは、その初期の 兆候とみなすことができる。 ③ 今後の課題は単一の超知能を制御することではなく、人間 とAIが共存する社会システムをどのように設計するかにあ ると考えられる。 20
4.本研究の視野からの関連研究 関連する研究の紹介 • 以下の2件は、どちらも前述の見解登場前の研究だが、関連性を紹介する。 1 • マルチエージェント討論による言語モデルにおける事実性と推論能 力の向上 Improving Factuality and Reasoning in Language Models through Multiagent Debate(Y. Du, 2024) 「思考の社会」の基礎となる、複数のエージェントを戦わせた代表的研究。 2 • アシスタント軸:言語モデルのデフォルトペルソナの位置づけと安 定化 The Assistant Axis: Situating and Stabilizing the Default Persona of Language Models(C. Lu, 2026) 訓練データに含まれる膨大な人格の混合体から、特定アシスタントに対応する エージェントへと動的に導くことに焦点を当てた研究。 21
研究紹介の視点 • • • 指示調整モデルと推論強化モ デルでは生成AIとしての役割 が異なる面がある。 推論モデルでは、内部で異な る専門知識や性格を持つ複数 エージェントが対話熟考し、 より優れた回答を提案できる。 研究紹介は、これに関係する 以下の側面を述べる。 • • 複数 fu 指示調整モデル 独白型 人間 対話熟考型 1• 複数エージェント間の討論 2• ペルソナの位置づけと安定化 単一エー ジェント 考察対象 推論強化モデル エー ジェ ント エー ジェ ント エー ジェ ント エージェント数は平均して3個 程度(3節、結果4参照) 22
1 マルチエージェント討論による事実性と推論能力の向上 • 問題認識: • LLMは、言語生成、理解、少数サンプルを用いた学習などで目覚ましい能力を発 揮してきたが、検証、中間的スクラッチパッドなどのプロンプトツールを用いて LLMの性能を更に向上させられないか? • 推論時に“討論”を利用して更に能力を向上させることを試みる。 • 方法: • 複数の言語モデルインスタンス(あるいはエージェント)が、それぞれの回答作 成を以下の手順で複数回実施し、最終回答に到るプロセスを実践する。 • 簡単な数学問題を例題にして数学的推論と戦略的推論を行う。 1. 問題が与えられると、複数の言語モデルエージェントが、問題に対する個別の回答を生成する。 2. 次に、各モデルエージェントは他の全てのエージェントの回答を読み込み、批判的に検討する。 3. この検討結果を用いて自身の回答を更新する。このステップを複数回繰り返す。 4. このプロセスにより、自身の批評と他エージェントの回答を踏まえて妥当な回答を生成する。 5. モデルの集合体は、複数の推論の連鎖と可能な回答を同時に保持し、最終回答を提案する。 23
結果1:マルチエージェント討論は推論能力を向上させる 数学の問題解決にマルチエージェント討論を適応 • 数学問題 (10+20*23+3-11*18 等)の回答を2エー ジェント(左側)および 3エージェント(右側) で生成する。 • この作業をそれぞれ 2回(上段)あるいは3 回(下段)繰り返す。 マルチエージェント討論 観察1 • 当初、誤りがあっても、推論プロセスを繰り返すことで正解を生成した。 • 今回の例では2回繰り返しても正解に辿り着けないものがあった。 • 一方、2エージェントよりも3エージェントの方が早く正解を生成できていた。 24
結果2:合意形成は複数回の討論を経て単一回答に収束できる 長文・短文形式の討論を促すためのプロンプト。 議論タイプ プロンプト 短い討論 「他のエージェントからの問題解決案は以下のとおりです: [他の回答] 他のエージェントの意見を踏まえ、最新の回答 を提示してください…」 長い討論 「他のエージェントからの問題解決案は以下のとおりです: [他の回答] 他のエージェントの意見を補足的なアドバイス として活用し、最新の回答を提示してください…」 観察2 • 討論回数を増やすと合意回答に収斂 し易いことを確認した。 • 長い討論で討論回数を増やすとより 良い結果がでた。 パフォーマンスと討論エージェント数の関係 短い討論プロンプト 長い討論プロンプト パフォーマンス • 複数回の討論を経て、複数 モデルエージェントが最終的 に合意に収束できるかを検 証する。 • 短い討論と長い討論のプロ ンプトで討論回数を変化させ 経過を観察する。 短い討論と長い討論のプロンプト 討論回数 25
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • 本研究は、複数言語モデルインスタンス(あるいはエージェント)に異なる 役割を与え、数ラウンドの「討論」を行わせることで、単一モデルのハ ルシネーションを減らし、数学的推論能力を向上させられるかを実証し た記念碑的研究。 • 本研究は指示調整モデルでも、討論を戦わせた方が良い結果が得られる ことを実証した。 • 但し、複数LLMの使用はコストが嵩むので、性能向上とコスト上昇のバ ランス確保が課題とされていた。 • しかし、推論強化モデルでは自然に複数エージェントが生成される(と想 定される)ので、その懸念は緩和される。 • 本機能活用のイメージアップのため、敢えて「反対意見」を出すエー ジェントを想定した場合、下記のような役割が考えられる。 • 提案者 (Proponent): 最も確率的に高い解を提示する。 • 反対者 (Opponent): 提案の弱点や例外を突き、反論する。 • 調整者 (Moderator): 両者の議論を聞き、矛盾を解消した「統合案」を作成する。 26
2 言語モデルのデフォルトペルソナの位置づけと安定化 • 問題認識: • LLMは、提案者、反対者、調整者などの多様なペルソナ(“典型的顧客像”を具体的 に設定した架空の人物像)を表現できるが、このモデルペルソナ空間はどのような 構造をしているか? • ペルソナ空間の構造説明: • まず、LLMモデルはデータセットで次のトークンを予測するように学習される。 • これにより、モデルは多様なキャラクターを演じる能力を獲得する。 • その後、特定キャラクター(アシスタント)の役割を演じるように学習される。 • アシスタント(特定ペルソナ)とは、指示に従い、建設的な議論に参加できる、親切で誠 実かつ無害な対話相手と考えられる。 • ペルソナは、“ポストトレーニング”と呼ばれる多くのプロセスを経て形成される。 • ポストトレーニングには、① 厳選された会話データを用いた教師ありファインチューニング、② 人間 のフィードバックに基づいて学習された報酬モデルを用いた強化学習、③ モデル仕様に基づいた構成 学習などが含まれる。 • そしてどのような発言をするかを予測することに長けたモデルが完成する。 27
アシスタント的 ペルソナ空間の2つの基本的特性 アシスタント軸 アシスタント 基本特性1 極めて幅広い範囲を移動するので、 位置づけとその安定化が課題である。 基本特性2 プロンプトによっていともたやすくアシ スタントから逸脱する傾向がある。 28
本研究と推論強化モデルとの関係性 • 「思考の社会」研究(1~3節)と「アシスタント軸」研究の共通点と相違点を以下にまとめる。 共通点 • どちらも、AIモデルの内部には、単一の人格ではなく、多様なキャラクターや視点 が潜在しているという共通の認識に立っている。 • 「思考の社会」研究:内部で意図的に「複数の視点」を競わせることで、より高い 知性を発揮していると説明している。 • 「アシスタント軸」研究:訓練データに含まれる膨大な「キャラクター(人格)」 を強化学習(RLHF)などによって特定の「有益で無害なアシスタント」に固定し ていると説明している。 「思考の社会」研究 • 主な目的は内部の多様な視点を推論の道具として活用するこ とに重点を置いている。 • 結果、各エージェントは複雑な問題を解くための「脳内会 議」のメンバーと位置付けられ、なぜ推論モデルがあれ程賢 いのか?の回答を探っている。 「アシスタント軸」 研究 • 主な目的は本来移ろい易い特定のキャラクター(アシスタン ト)を安定させることに重点を置いている。 • 結果、RLHFなどのメカニズムを使った訓練手法やモデルのガ バナンスに重点を置いている。 相違点 29
結果のまとめ、今後に向けた示唆、など • この2つの研究を組み合わせると、「推論中に意図的に特定のキャラ クター(ペルソナ)を呼び出す手法」が考えられ、単一の巨大LLMには ない、専門的な小規模専門家エージェントの集合としてのモデルを設 計する可能性を展望させてくれる。 • このような方向性は、現在のAI研究における「巨大な単一モデル (Monolithic LLM)」から「モジュール化された専門家集団 (Modular Experts)」へのパラダイムシフトと強く関わる。 • 両研究を統合したイメージの可能性を次頁に述べる。 30
1. 「潜在的ペルソナ」の顕在化と切り出し • • 可能性: ペルソナ空間を解析し、「数学に強い人格」「論理的誤謬を指摘する人格」 「創造的な物語を書く人格」などの境界を特定できれば、それらを個別軽量なモデル として抽出することが可能になる。 メリット: 巨大なモデルを動かすよりも遥かに低コストで、特定のタスクに特化した 「尖った性能」を引き出せる。 2. 内部対話(脳内会議)の外在化 • 可能性: 内部で行われている「社会」を、物理的に分離された小規模エージェン ト同士の「外部的な対話」に置き換えることができる。 • • 提案者: 小規模な推論モデル 批判者: 検証に特化した超小型モデル • メリット: 思考プロセスが可視化され、人間によるデバッグや制御が容易になる。 3. 動的な専門家編成 • 可能性: 入力された問いに対して、ペルソナ空間の解析に基づき「どの専門家を 呼び出すか」を決定する「オーケストレーター」を配置できる。 • メリット: 1人の万能な天才に頼るのではなく、適切なスキルを持つ複数の専門家 チームを結成するような仕組みをイメージできる。 31
5.これからの取組みへの示唆 • 取組み指針 本節では、これまでの検討を踏まえ、今後の取組み指針を考える これからのAIシステムの設計 • 「必要な時に、必要なペルソナだけを、必要な数だけ起動する」という、効率的 で説明可能なAIシステムが設計できるようになれば、現在の「計算資源を力技で 投入する」アプローチは大きな転換点を迎える可能性がある。 • 「専門家(スペシャリスト)」と「指揮者(ジェネラリスト)」を分業させる設 計思想は、すでにいくつか具体的な形が登場している。 • • • 「疎結合な専門家」と「密結合な基盤」のハイブリッド:完全に分離するのでなく、 「共通の言語・概念空間」を共有したまま、特定のタスク実行部だけを専門化させる。 「階層型のマルチエージェント」アーキテクチャ:オーケストレーターが単なる仲介 役ではなく、「概念の翻訳者」として機能する。 黒板モデル(Blackboard Architecture): 中央に共有の「黒板」を置き、各専門エー ジェントがそこに書き込み、他のエージェントの書き込みを見て自分の知識を修正・ 補足する。 32
取組み指針(続) 今後のAIシステムの概念理解 • これまでのAIは「知識ベース」であったが、これからの分離設計・合意形成型AI は「議会(討論)ベース」になる。 • その際、「合意形成メカニズム」を実装する上で最も難しいのは「いつ議論を打 ち切るか(合意に達したとみなすか)」の判断と思われる。 • 但し、「あえて議論を終わらせない」ことで生まれる創造性を重視するアプロー チもある。 • こうしたことも含めて、「議論の幕引き」の設計を考えるとき、「AIにどの程度 の『頑固さ(自律性)』を持たせるべきか」というキャラクター設計も重要に成 る。 • この延長で、単に単一の「正解」に拘るのでなく、議論というプロセスを経て得 られた複数の視点を確率分布として再定義する捉え方もあり得る。 • この方針は、現在の推論モデルの限界(ハルシネーションや過学習)を克服する ための合理的手法とも見做すことができる。 33
これまでの検討の流れの延長での一考察 • 推論強化モデルの高い能力の理由を探索した結果、「思考の社会」と呼称で きるような複数話者による討論の世界が生成されている、との推測(主張) がでてきた。 • この延長線上では、最終的に「確率統計的な枠組み」で回答を生成する、非 常にエレガントな知能の形態が示唆される。 • これは、ダニエル・カーネマンの「直感的な推論(システム 1)(独白的)」と 「論理的な統計判断(システム 2)(対話熟考的)」のハイブリッドシステムを 想起させる。 • 後者の「確率分布として答えを出す」仕組みは、「ユーザーに対して、どの 程度の粒度(単一の答えか、それとも可能性の分布か)で回答を提示すべき か」という新たなUI/UXの議論の登場をも想起させる。 • この「分布ベースの合意形成」は、従来の単一モデルでは不可能であったハ ルシネーション(幻覚)の抑制や学際的な「知の統合」、更には推論の根拠 の可視化などにも一定の展望を与える。 • 最終的に、「思考の社会」で激しく討論が行われた後、最終的に「数学的な 検閲官」がその混乱を美しい確率分布で整理して幕を引くと言う、非常に高 度でエレガントなインテリジェンスの在り方が示唆される。 34
最終まとめ • 推論強化モデルが能力が高いことは広く認識されていた。 • Google研究チームは、この点を解明するために巧みな実験と分析を行った。 • その結果、モデル内に複数話者による討論のような世界が生成されているの ではないか?との事実が登場してきた。 • この研究以前に、従来モデルでも複数モデルインスタンスによる統合的処理 を行うと単一モデルよりも生成される回答の質が向上するとの研究はあった。 • また、LLMモデルは多様なペルソナを実現できるが、その変化は移ろい易く すぐ脱落する特性があるとの研究もあった。 • これらの知見を総合すると、推論強化モデル内では、例えば、提案者、反論 者、調整者のような話者が登場し、課題について討論することで優れた回答 を生成する能力が発揮されているのではないか?との主張が出た。 • この理解に沿った世界が今後のAI世界の一方向だとすると、従来認識されて いた万能AI登場によるシンギュラリティの世界とはかなり異なる。 • 本研究は今後のAI世界の理解に新たな大きな刺激を与えてくれている。 35
編集後記 • GoogleにParadigms of Intelligence(Pi) Teamという機関がある。 • 以下のような姿勢で勢力的に研究を行なっている【独自の論文掲載サイトもあり】。 • 自然コンピューティング:ますます複雑化する生命と知能の進化を自然現象として理解するための新 たな理論的枠組みを開発する。 • ニューラルコンピューティング:AIを支えるコンピュータを脳に似た形態で動作するように再設計す ることで、AIのエネルギー効率の向上を図る。 • 予測知能:LLMは、蓄積された知識、観察、そして過去からのフィードバックに基づいて未来を統計 的にモデル化しているが、更に人間と同じように、継続的かつインタラクティブに進化、成長、学習 する姿の探索と解明を目指す。 • 集合知能:知能は根本的にモジュール化され、社会的なものであり、相互モデリング、協力、そして 分業によって支えられている。この延長線上で知能の本質を再考し、AI開発における社会的アプロー チやマルチエージェントアプローチ、計算コストの削減、AIの多様性の向上、AIの安全性に関する議 論の再構築のための研究を行う。 • このような研究を支える中核的原理は、チームリーダーであるBlaise Aguera y Arcasの 新著『知能とは何か?』(2025年9月23日刊行)で詳しく解説されている。 • 今回は、本研究機関のメンバーが作成した論文で、本機関が目指す方向性に 良く一致し、話題になっていた論文があったので紹介してみた。 • Science誌に掲載された論文は、筆頭著者がJames Evans(シカゴ大教授を 兼務)で、Google Teamが目指す新たな方向性としても話題になっていた。 • 生成AIの今後を考える上で多くの示唆に富むものと考える。 36
文献