186 Views
August 14, 23
スライド概要
ChatGPTは人間を代替するか? 付属資料
定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。
ChatGPT は人間を代替するか? Will ChatGPT replace human? 高橋浩(B-frontier 研究所) 要旨:ChatGPT 活用が話題になっている。そして、ChatGPT の理解や適応が進むに連れて、ChatGPT は人間代替(自動化)が主な影響なのか?それとも、人間強化(AI 支援で)が主な影響なのか?そして、 この境界はどのようにして決まるのか?などの問いへの回答が期待されている。生成 AI は現在発展途上 で即断は適当ではないが、そろそろこれらの問いに一定の考え方を持つ必要が生じている。ChatGPT 活 用に気を取られていると思わぬしっぺ返しを食う懸念も生じ得るからである。このような問題意識から、 人間と機械の境界モデル、変化発生時のシナリオ、人間の創造性との関係などについて考察する。 1. 新しく登場する環境 範囲の拡大を想定する必要がある。 ChatGPT 登場で AI 普及のインパクトの大きさが 既存システムと ChatGPT との統合は始まったば 誰の目にも明らかになってきた。ChatGPT 活用の かりであり、新たな利用環境の想定は難しいが、関 議論は盛り上がっているが、それとともに、人間の 連論文が登場している[1]。要点を以下に記す。 仕事は今後どうなるのか?との不安も生じている。 現在の生成 AI はシンプルな質問(プロンプト)を 即ち、ChatGPT の主な影響は人間代替なのか?そ 前提とするが、多くのシステムが強化され、それら れとも人間を支援し強化してくれることなのか?の と生成 AI との統合が進むと、現ソフトウェアのプ 問いである。ChatGPT はユーザーの作業習慣を変 ルダウンメニューなどに関わる制限・束縛には別れ え始めたばかりであり、今後も生成 AI の進歩は急 を告げ、代わりに、したいことを直接伝えることに 速に続く。 なる。従来のソフトウェア・インタフェースがなく そこで、まず日常のビジネスの性質や日常の知識 なれば、利用者はソフトウェアの背後にある制約を 作業と「ChatGPT の現在可能なこと、まだ可能で 気にせず、 必要なことを実行するだけである。 結果、 ないこと」を突合させた検討が必要になる。それに 今日のアプリケーションと考えられているものとの 加えて、ChatGPT と既存システムとの統合も始ま 対話は大幅に簡素化される。 っているので、その影響も考慮したい。順次登場す 本稿はこのような変化も想定して検討する。 る「新たな利用環境を理解し、それに刺激された新 たな利用形態」を想定した検討も必要である。 2. 人間と機械の境界モデル ChatGPT は我々の作業習慣を変え始めたばかり 前節で述べたビジョンやトレンドを踏まえて、中 であることから、ChatGPT や生成 AI の影響は短期 長期的視点から人間と機械の境界モデルを と長期双方の面から影響と課題・機会を考えること ChatGPT(とその統合システム)が人間の知的労働 が重要になる。 を支援する形態でモデル化する(図 1)[2]。縦軸は この内、前者に関する各種情報は各所で開示され ChatGPT の有効性の程度、横軸は知識労働の質で ているので本稿では省略する。後者は既存システム ある。この区分を元に第 1 象限~第 4 象限を定義す や大規模システムと ChatGPT との統合による影響 る。概要を以下に記す。 第 1 象限:単純かつ日常的なタスクで、 ChatGPT がすでに価値を示している領域:こ の領域のタスクではアルゴリズム支援がより大 きな役割を担うようになり、完全自動化に到達 する可能性が高い。 第 2 象限:ユーザーが反復作業に ChatGPT を 利用するか、ユーザー生成コンテンツを完成さ せるために ChatGPT を利用することで人間の 強化が期待される領域:アルゴリズム支援は業 務の支援に留まり、 人間は支援を受けることで、 本質的業務により注力が可能になるが、生成 AI
の進歩によって人間が駆逐されるリスク も伴う。 第 3 象限:非常に複雑、創造的、あるい は状況に応じたものなので、 ChatGPT が有意義な貢献をすることが難しい領 域:このような領域では、アルゴリズム 支援が明確な役割を短期的には担えない が、長期的には人間の独創的な仕事の領 域が徐々に縮小し出す可能性はある。 第 4 象限:生成 AI がまだ十分に有用で ない人間の手作業や運動を伴う領域:現 在の生成 AI は、動画作成やロボット制 御など、運動を伴う領域に向けた展望が まだ充分拓けていないが、長期的には新 たなブレークスルーが有り得る。 この「人間と機械の境界モデル」を肉 付けするため、最近の実証研究の知見を 援用する。知見の要点は下記の 3 点にま とめられる。 1) ChatGPT の方が人間よりタスク処理 時間が短い。 2)ChatGPT は未経験者の方により有利 な向上効果をもたらす。 3)ChatGPT の方が人間より処理内容が 正確である。 研究 1:生成 AI による生産性向上測定 の実験 ランダムに被験者を 2 グループ(A,B) に分け、2 タスクを実施してもらう。 うち、A グループのみに 2 番目タスク 実施前に ChatGPT へのサインアップ を指示し、ChatGPT が有用と判断し た人にはタスク実施への ChatGPT 使 用を許可した(結果は図 2)[3]。 研究 2:顧客問合せシステムに ChatGPT をアドオン 既に Open AI 社の GPT ファミリーを 導入した米国大手ソフトウェア企業 (複数社)に勤務する顧客サービス部 門の 5179 名を対象に顧客とのチャッ ト 300 万件を分析した。生産性の尺度は時間当た りの問合せ解決数を採用した(結果は図 3)[4]。 研究 3:ChatGPT と MTurk ワーカーとの性能比較 別研究で既に実施されていた訓練されたアノテー タによる手動注釈付与時の 2,382 件のデータセ ットを使用して、ChatGPT と Mturk(Amazon Machanical turk)の2つで全く同じテキスト注釈 タスクを実施した。Mturk による作業者は米国に 居住する現在利用可能な最良のワーカーを選択し た(結果は図 4)[5]。 3.選択のフレームワーク 以上の基礎知識を元に、下記 2 点から人間代替か 人間強化かの選択のフレームワークを考察する。
3.1 ChatGPT はどのように人間を代替するか? ジョブはタスク 1, 2, 3,..n で構成される。過去に 自動化された職種である交換局オペレーターは、市 内自動交換機導入で直接ダイヤルが可能になり、市 外局番導入で長距離通話が可能になり、最後に国番 号導入で国際電話が可能になった。 これで自動化 (人 間代替)が完成した。交換局オペレーターは上述の 3 つのタスクのみで構成されていた。 これを生成 AI 版に当てはめると、各タスクがど れ程複雑であってもそれがパターン化されており、 データの蓄積と学習によって、生成 AI で代替でき るタスクのみで構成されているジョブは最終的には 自動化(人間代替)される。 【第 1 象限】 例えば、コールセンターという職種は、現在は既 存システムへの ChatGPT アドオン段階だが、カバ 間強化に誘導するには、新たな需要創成は必須であ ーできる範囲が拡大し、質問のほぼ全メニューがカ る。既存ジョブを大胆に見直し新しいタスクを創成 バーされた段階で自動化へ向かうと予想される。物 して顧客ニーズに合致させる状況を作り出す必要が 理的な家電製品などのコールセンターではコール件 ある。これには、従来見落とされがちであったサー 数が多く、且つ質問が定型化して全質問がカバーさ ビスにおけるロングテール項目を発見し、そこから れるのが早いと想定される。 新たな顧客ニーズを掘り起こす努力とセンスが欠か 3.2 ChatGPT によって人間はどのように強化可能 せない。 か? IT 活用時代の人間強化の例として会計士を挙げ “選択のフレームワーク”を以下に示す。 1. る。PC が広く普及し、各種ソフトウェア使用やク ラウド利用で会計処理が自動化されたにも関わらず、 ChatGPT で効率化できるタスクのみで構成 されているジョブ(職業)は早晩自動化される。 2. ジョブを構成するタスクの一部しか 2000 年から 2022 年の間に米国の会計士の数は最 ChatGPT で効率化できず、確実にそれ以外の 大 35% 増加し、実質賃金も上昇した(図 5)[6]。 タスクが残存する場合でも、この機会に顧客 会計士のタスクは一部自動化されたものの、新たな にフィットする新たな需要(新しいタスク)を 需要が喚起されたか自動化できないタスクが残存し 創造(掘り起こし)できなければ、競争の激化、 ていた。結果、人間は代替されるどころか、IT 活用 賃金低落、更には雇用喪失の懸念がある。 で強化され、人数も増加し、賃金も上昇した。 3. これを生成 AI 版に当てはめると、ジョブを構成 利な影響は業界毎にこれまでにない雇用と賃 するタスクのうち、一部が確実に(非常に個別的、 データが集まり難いなどで)生成 AI 活用が困難な 特に ChatGPT の、素人/スキルの低い人に有 金に関するトラブルを引き起こす懸念がある。 4. このような流れに巻き込まれず、確実に自ジ 場合、次のような移行シナリオが考えられる。 ョブ(職業)を AI 支援による人間強化のパラダ ・生成 AI 活用により効率化は一層進むが、生成 AI イムに引き込むためには、ChatGPT で対応で 活用不可部分の価値は増大し続け、今回も生成 AI きない/苦手な領域へのシフトあるいは適応範 支援による人間価値強化へと進む。 囲の拡大が必要になる。【第 3 象限】【第 4 ・生成 AI 活用による効率化と未経験者への傾斜的 象限】 優遇により、当該ジョブへの参入障壁が低下し、 結果的に競争が激化して賃金が低下し、ジョブの 魅力は低減する。 ・競争は激化するが、一方で、それに歯止めをかけ る属性(例えば公認会計士のような資格やブラン 4.これからの方向性 3 つの視点で考える。 1) 知識労働での ChatGPT 活用を再考する。 まず、ChatGPT 活用による効率性と創造性の機 ド)がよりクローズアップされ、競争激化と地 会を高めるため、知識労働者と企業の双方に、これ 位盤石化の共存へと進む。 【第 2 象限】 らの機会を活用するため何ができるかを繰り返し反 このような状況を克服し、人間が職業(ジョブ) 芻することが求められる。確認例を表 1 に示す[2]。 を維持しつつ賃金上昇も目指せるよう、AI 支援を人 2) ChatGPT が傾斜的に新人/低スキル労働者に恩
以上をまとめると、ChatGPT は、まず時間短縮などの効率化 に注目が集まるが、既存システ ムとの統合でアプリケーション 領域が拡大し影響範囲が拡大す ると、本質的な企業経営や組織 構造見直しあるいは顧客ニーズ 発掘などに焦点が移る。 その際、 “ChatGPT は人間を代替する か?”は重要なテーマではある が、全体問題に吸収される。本 質的には人間の創造性との関係 がポイントになる。3 つのシナ リオは必ずしも排他的ではない。 しかし、これらの組合せそれぞ れの優位性がどのように確立さ れるかは今後の動向を待つ必要 がある。このような認識を持っ て、ChatGPT 活用の活動を推 進する必要がある。 〔参考文献〕 〔1〕 David C. Edelman, Mark Abraham, “Generative AI Will Change Your Business. Here’s How to Adapt.”, Harvard Business Review, April 12, 2023. 〔2〕 Paavo Ritala et al., “Transforming boundaries: how 恵を与えることを考える。 does ChatGPT change knowledge work?”, この件については過去に類似例がある。Uber で ある。そこで Uber と比較することで新事態を推測 Journal of business strategy 05-2023-0094, する。比較例を表 2 に示す。Uber では既存運転手、 2023. Uber 運転手の双方でデモが発生した。今回も既存 〔3〕 Shakked Noy, Whitney Zhang, “Experimental 知識労働者、 新規参入知識労働者の双方からデモ (あ Evidence on the Productivity Effects of るいは類似行動)が発生する可能性がある。 Generative Artificial Intelligence”, SSRN 3) 人間の創造性との関係を考える。 4375283, 2023. 結局のところ、最も重要なのは人間の創造性を巡 〔4〕 Erik Brynjolfsson, Danielle Li, Lindsey R. る動向である。3つのシナリオが考えられる[7]。 Raymond, “GENERATIVE AI AT WORK”, ・生成 AI は創造的仕事をする人の脅威にはならな NBER Working Paper, No. 31161, April 2023. い。それは人間が行っている作業をサポートし人 〔5〕 Crowd-Workers for Text-Annotation Tasks”, 間よりも迅速かつ効率的に作業するだけである。 arXiv:2303.15056, 2023. ・機械が創造性を独占する。従来のクリエーターは アルゴリズムで生成されるコンテンツの津波にか 〔6〕 2023. ・ 「人間が作ったもの」にプレミアムがつく。人々は 重視し、それにプレミアムを支払う。 B.N. Kausik, “Long Tails and the Impact of GPT on Labor”, Scholar Article B N Kausik, き消される。 本物の(あるいは「人間手作りの」 )創造性を再び Fabrizio Gilardi et al., “ChatGPT Outperforms 〔7〕 D. de Cremer et al., “How Generative AI Could Disrupt Creative Work”, Harvard Business Review, 13, April 2023.