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June 15, 25
スライド概要
付属資料
定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。
DeepSeek の 登 場 と そ の 後 へ の 影 響 〇高橋 浩 ( B-frontier 研 究 所 ) 1.はじめに 生成 AI の短い歴史はモデル 性能の急進によって彩られて き た。 こ の 傾 向は 、 DeepSeek 社が最近発表した一連の製品 によって再び起きている。但し、 今回は性能向上だけではな い。 2024 年 12 月、同社は OpenAI の GPT-4o と 直 接 競 合 す る DeepSeek-V3 を 発表し た 。こ のモデルは 2 ヶ月で学習され、 学習に要した費用は約 560 万 ドルと発表されて安さが話題 になった[1]。続いて、2025 年 1 月 20 日、推論機能を強化し た最新の Open AI-o1 と同等性 図1.DeepSeek R1 のパフォーマンス 能を達成した DeepSeek-R1 を発表した(図 1)[2]。こ 自然な推論能力の獲得を実現した。但し、そこで発生 の矢継ぎ早の製品発表は、NVIDIA の大幅株価低下を した課題解消のため、強化学習を再導入するような工 含め、世界に大きなインパクトを与えた。そこで、 本 夫を行うことで、最近、推論機能強化版として発表さ 稿は DeepSeek V3/R1 の理解と今後の各方面への影響 れたばかりの OpenAI 社の新製品 OpenAI-o1 と互角の について検討する。 性能を達成した(図 1)。そして DeepSeek V3, R1 はど DeepSeek は、AI を使用した金融取引を手掛けるヘ ちらもオープンソースとして提供された。 ッジファンド High-Flyer の共同創立者で、1兆円超の 資産運用をしていた梁文鋒氏によって 2023 年 5 月に設 2. DeepSeek の影響の枠組み 立された。DeepSeek は当初から米国からの AI 規制の V3 と R1 は、一ケ月間隔でリリースされており、R1 環境下で ChatGPT 等米国製生成 AI に対抗するため、 は、V3 の後継製品と言うだけでなく、推論機能強化の 開発に必要な GPU など各種リソース消費を極力圧縮 目的を持っており、V3 は GPT-4o を上回り、R1 は高 する小型化・低廉化を実現しながら高性能製品開発を 度な推論機能を持つ OpenAI-o1 と互角ということで、 目指していた。そこで、この方針に貢献しうる多様な 開発リソース少の小型化、低廉化を実現しつつ高性能 試み、例えば、古くから知られていたが顕著な成功を も達成という快挙を成し遂げた。これに最も貢献した 見なかった MoE(Mixture-of-Experts)アーキテクチャ と思われる MoE アーキテクチャは、モデルを幾つかの による開発と運用など、コスト効率の高さと実用レベ 特定小規模モデル(数学用、コーディング用など)に ルの処理能力を兼備できる各方式実現に果敢に挑戦し 分割し、これによって学習負荷を軽減させるもので、 DeepSeek V3 を実現させた。 結果的に DeepSeek は数学とコーディング分野に特化 続いて DeepSeek-R1 では、DeepSeek V3 をベース にしながらも推論機能強化を計るため、これも通常は し、従来生成 AI が苦手としてきた計算精緻化が必須な 分野へも生成 AI 適応を拡大させた。 使用する教師あり微調整(SFT)を敢えて使用せず、 これまでの成果をまとめると、V3 で達成された小型 最初から純粋な強化学習(RL)のみで訓練することで、 化、低廉化、特化(専門化)に加え、推論機能を強化
バイス向け機能から、推論機能を活用したエージ ェント AI 向け機能、および大規模な推論機能提 供環境の充実などである。高度な推論機能提供の ためクライドとエッ ジ (小規 模デバイスあるいは ロボットなど)のネットワーク化が一般化する。 これに伴い、エッジデバイスからも、ハイレスポ ンス生成 AI 利用と共に高度の推論を必要とする 機能まで幅のある機能が利用可能になる。このよ うな全体構成が実現されて行くと、現在とは大き く異なる世界が拓ける。しかし、その一方、これ 図2.DeepSeek 影響の枠組み らを構成する各要素の担い手はあまりにも多様化する した R1 も加わり、それらが全てオープンソースとして ため、従来とは異なる危険あるいは負担となる新たな 提供されている。RI は推論機能強化を目指して初めか 負の連鎖が拡散するリスクも顕在化する。 ら強化学習を行い、教師あり微調整を行わなかった結 このような状況を検討するため、(1) そもそも多様化 果、ここでも開発リソースの縮小に貢献している。こ している各種生成 AI はどのような特徴を持つか?(2) れら全体の生成 AI 開発の仕組みと、全ての機能をオー DeepSeek 登場は生成 AI にどのような影響を与える プンソース化した戦略は、「生成 AI の民主化」という か?(3) 複雑化する規制環境において生成 AI を如何に 新たな枠組みを提示したと言える(図2)。このことは ガバナンスすべきか?を考えてみる。 単に新たな生成 AI 製品の登場に留まらず、今までとは 生成 AI は図1に示すような各種ベンチマークだけ 異なる世界を切り拓く可能性がある。本稿はこのよう では把握できない多様な要因で構成されている。そこ な認識で以降の検討を行う。 で、代表的生成 AI を多様な比較尺度(表1の左欄)で 「生成 AI の民主化」は何を引き起こすだろうか?ま 比較し、各生成 AI モデルの特徴と限界を示す[3]。そ ず、小規模デバイスで生成 AI の動作が可能になる。結 うすると、各モデルは結構重点の置き方に相違があり、 果、生成 AI 機能搭載を前提とした多様なデバイスおよ 典型的には専用志向と汎用志向の 2 方向があることが びそのコアとなる多様な AI チップが開発される。そう 分かる(DeepSeek は専用志向, ChatGPT は汎用志向)。 なれば、実行できる生成 AI 機能は階層化する。例えば、 これは専用志向が効率的・リソース小、汎用志向が大 ハイレスポンスの生成 AI チャットを主体とした小デ 計算能力・リソース大であり、汎用志向は用途が汎用
であるが故にバイアスや 公平性対応、敵対的入力に 対する堅牢性などをより 強化しなければならない 面があることも分かる。従 って、比較評価尺度の網羅 的カバーのみが重要なの ではなく、今後は使用分野、 ビジネス的狙いに合わせ て多様化が急速に進むと 推定される。 3.生成 AI のリスクと 図3.専用モデルと汎用モデルの比較 民主化の影響 あっても、それらがボディブローのように積み重なっ このような方向性を突き詰めると、DeepSeek は、汎 て最終的に巨大な事象が発生するリスク(累積的リス 用モデルと一線を画し、計算効率の高いアーキテクチ ク)である[5]。以後、本稿のテーマに沿って累積的リ ャ、数学やコード生成などに特化、純粋な強化学習 スクのみを考える。このジャンルに入る小さなリスク (SFT なし)で自律的に推論能力を強化と言うだけで の例としては、操作と欺瞞のリスク、誤情報と偽情報 なく「(大規模計算リソースなどの)ハードウェア環境 のリスク、悪意のある使用のリスク、差別やヘイトス に依存しない実装をオープンソースで提供」という画 ピーチのリスク、監視、権利侵害、信頼の低下のリス 期的目標を一定程度達成したと評価することができる ク、環境リスクと社会経済的リスクなどが考えられる。 [4]。このことは、これまでの汎用利用/クローズドシス 生成 AI は基本的にこれらの行為を容易化する。累積的 テム/大規模リソース使用を前提としてきた ChatGPT リスクは重大性は低いものの、重要な混乱が連続的に に代表される既存生成 AI 側も、一貫した目標が異なる 発生し、グローバルシステムのリジリエンスを侵食し、 DeepSeek の登場とその目標のほぼほぼの成功に良い 重要な社会経済的均衡を破壊する可能性がある[6]。 刺激を受け、これまでの方向の見直し、DeepSeek 的方 DeepSeek 起因の問題は、先行した汎用生成 AI と遜 向性への一部追随あるいは既存路線との共存など、新 色ない機能を小型化、廉価で実現しているというだけ たな取組みへのキッカケになったと推定される。この でなく、規制や隔離が困難なオープンソース で提供さ ような視点から専用モデル、汎用モデルの比較を図3 れている点も重要である。即ち、最小限のリソースで に示す。 誰でもアクセスできるオープンソース生成 AI モデル 但し、 「生成 AI の民主化」の世界は AI 由来の新たな リスクを増幅させる懸念がある。「生成 AI の民主化」 は担い手の激増、小規模デバイスの登場などを通じ、 は悪意のある行為者による悪用に対して障壁を低くし てしまうのである。 自動化されたサイバー攻撃から偽情報キャンペーン よりシステム化された生成 AI 活用の機会の登 場によって、従来想定していた AGI/ASI 到来 を前倒しする可能性があり得るが、その一方、 従来の想定とは異なる多様なリスクの拡散を 助長する可能性があるからである。 このリスクを 2 つの側面から考える。一つは 従来から喧伝されていた、人間の能力を超えた AI(AGI/ASI など)の登場に由来するリスク、も う一つは「生成 AI の民主化」で拡散が懸念さ れるリスクである。前者は人間の知能を超えた 高度な AI(AGI/ASI など)登場によって引き起 こされるカタストロフィー的な大規模事象(決 定的リスク)、後者は一つ一つは小さな事象で 図4.生成 AI の民主化登場に伴うメリットとリスク
による重要インフラの不安定化まで、現在でも既に発 の方法は何だろうか?このような懸念への対応も含め 生している障害の規模や可能性が拡大され、累積的リ て、これからの時代への関係者の真摯な対応が強く望 スクを加速させる元凶になる懸念がある。そこで、オ まれるところである。 ープンソース生成 AI のもたらす計り知れない恩恵を 多少、具体策を考えれば、必ずしも DeepSeek でな 探索すると共に、そのリスクを軽減するための倫理的、 くても良いと思うが、実際にオープンソース生成 AI を 規制的枠組みの構築が喫緊の課題となる。この認識の 使ってみて、その効果と欠陥に対応する術を事前に把 概念図を図4に示す。 握しておくことが考えられる。そのためには米中の生 成 AI 製品だけでなく、自前の生成 AI の開発・育成を 4.これからの取組みについて 行い、一定の安全性を担保しておくことも重要である。 複雑かつ急速に変化する規制環境における AI ガバ リスクに関わる国際標準化活動に初期から関わること ナンスはどのように進めれば良いであろうか?AI は利 も必要かもしれない。また、生成 AI を導入したシステ 益をもたらす可能性を秘めているが、種々のリスクが ム開発としては、DeepSeek モデルなどを独自プラグイ あるため、測定可能な損害が発生する前に何らかの対 ンとして導入した AI システムの普及拡大を計ること 応を開始するのが望ましい。しかし、規制に必要な技 も有効な一歩になるのかもしれない。その他の手法も 術的能力は不足しており、これが規制の停滞に繋がる 含めて、多面的認識が不可欠になって来るものと考え 懸念もある[7]。また、この問題は本質的に国境を越え られる。 た性質を持つため、国際的に協調した対応が不可欠だ が、この点も対応を困難にする。AI ガバナンスの課題 〔参考文献〕 は非常に複雑であり、短期的にも長期的にもこのよう [1] Aixin Liu et al., “DeepSeek-V3 Technical Report”, な曖昧な状況が続く可能性が高い。背景の一つに、AI arXiv preprint arXiv:2412.19437, 2024. 技術の重要性と、そのために国家レベルで開発に投入 [2] Daya Guo et al., “Deepseek-r1: Incentivizing してきた巨額の投資が、各国間、ステークホルダー間 reasoning capability in llms via reinforcement の調整を難しくさせる面がある。従って、AI 規制が本 learning”, arXiv preprint arXiv:2501.12948, 2025. 質的にグローバルガバナンスでないと意味がないにも [3] Rupesh Phogat et al., “A Comparative Study of 関わらず、まずは国内における AI 規制から推進せざる Large Language Models: ChatGPT, DeepSeek, を得ない状況にある。その上で、各国間をまたぐ拘束 Claude and Qwen”, 3rd International Conference 力のある法の制定や規制機関の設立は、その先を待た on なければならないかもしれない。 Communication Technologies, Dehradun, India, 最後にまとめを示す。DeepSeek は単にリソース少・ Device Intelligence, Computing and 2025. 廉価なオープンソース生成 AI の登場ということに留 [4] Fnu Neha and Deepshikha Bhati, “A Survey of まらず、新たなトレンドを作り出した。誰もが生成 AI DeepSeek Models”, Authorea Preprints, 2025. に取組める「生成 AI の民主化」は低開発国などにも生 [5] Atoosa Kasirzadeh, “Two types of AI existential 成 AI 活用の意欲を与え、一方、先進国においてもエッ risk: decisive and accumulative”, Philosophical ジでも生成 AI 活用の機会を拡大可能という視野の拡 Studies, 1-29, 2025. 大に繋がった。既に既存テック企業もこの方向性を意 [6] Malik Sallam et al., “DeepSeek: Is it the End of 識した mini モデルの提供(例:Open AI の 03-mini モ Generative AI Monopoly or the Mark of the デル)を開始している。 Impending Doomsday?”, Mesopotamian Journal of しかし、看過できない重要な視点としては、軽量・ 廉価なオープンソース生成 AI の担い手が世界中に拡 Big Data 2025, 26-34, 2025. [7] Esmat Zaidan et al., “AI Governance in a 散し、そのことで発生するリスクが途方もな い規模に Complex なり得る懸念があることである。これを防ぐ施策は早 Landscape: A Global Perspective”, Humanities 期着手が望まれるが、どのような施策を考えても、か and Social Sciences Communications 11 (1), 1-18, なり困難な路になることが予想される。低開発国(ある 2024. いはサイバー犯罪者、ならず者国家、過激派グループ) を含む多数の担い手が偽情報生成が容易な生成 AI を 広範に利用した場合の世界を仕切る適切で有用な監視 and Rapidly Changing Regulatory