データネットワーク効果の活用

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April 07, 25

スライド概要

OpenAIにこれまで2兆円近く投資し、OpenAIを囲い込んでいると思われていたMicrosftが、生成AI独自開発に舵を切ったらしい。EUを中心に米巨大テック企業が更に肥大化するのではないか?との懸念が浮上しており、それを意識したリスク先取りと受け取られている。代わってSBGがOpenAIへの資金提供代表者になって行くと見られる。
・・・ことほど左様に、生成AI絡みの話題は尽きない。ということで予断を許さない状況ではあるが、今回は、生成AIはどのようなビジネス環境をもたらすのか?とか、そこではどのような点に注意して行く必要があるのか?などについて、可能な推論の一例をご紹介してみる。

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定年まで35年間あるIT企業に勤めていました。その後、大学教員を5年。定年になって、非常勤講師を少々と、ある標準化機関の顧問。そこも定年になって数年前にB-frontier研究所を立ち上げました。この名前で、IT関係の英語論文(経営学的視点のもの)をダウンロードし、その紹介と自分で考えた内容を取り交ぜて情報公開しています。幾つかの学会で学会発表なども。昔、ITバブル崩壊の直前、ダイヤモンド社からIT革命本「デジタル融合市場」を出版したこともあります。こんな経験が今に続く情報発信の原点です。

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各ページのテキスト
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データネットワーク効果の活用 - 生成AI時代の新たなビジネス環境と対応策 - B-frontier 研究所 高橋 浩

2.

目的 • プラットフォームは人々や組織を共通の目的に結集させる基盤であ り、多くの場合、OSやマイクロプロセッサなどの製品あるいは SNSなどのサービスから始まってきた。 • ところが最近、データを中心に展開される新たなタイプのプラット フォームが俄かに注目を集めている。 • その根底にある特徴は、顧客データを適切に学習しフィードバック ループを形成して新たな価値創造を行う能力にある。 • このフィードバックループはデータネットワーク効果と言われる。 • このようなデータからの学習を前提とした価値創造は、生成AI登場 以後のビジネス環境を考える際必須の要件になる。 • 例えば、生成AI普及後の世界を予想するマーケター、企業に生成AI 導入を推進する管理者、新たな環境に適応するアプリケーション開 発者、ソリューション企画者などにとってそうである。 • 本稿は、このような認識の下、新たな世界において、どのような変 革が起こりどのような準備が必要かを考察することを目的とする。 2

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目次 1. 2. 3. 4. 5. 6. はじめに 主要概念の導入 生成AI基盤モデルにおける競争 生成AIが既存市場に与える影響 生成AIが競争政策に与える影響 生成AI時代のビジネス環境 3

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1.はじめに 新たな競争時代の始まり • ChatGPTが登場して以来、生成AIの印象深い機能は各方面に感 銘を与えてきた。 • そして、創造的な生成AIの機能は既存市場を破壊し、新たな市 場を生み出す可能性を示し出している。 • 数百社に及ぶスタートアップ企業がAI基盤モデル上に新たなアプリ ケーションを構築し始めた。 • 但し、生成AI活用はメリットがある反面、多くの課題も伴う。 • 従業員はスキルアップを行う必要があるし、雇用主は従業員へのタス ク委任を再考する必要がある。 • また、生成AI導入にはかなりの経済的負担が伴う。 • このような一連の変革に中で、一部の専門家は、巨大テック企 業のみがAI基盤モデルを提供し、将来的に競争上の問題が発生 するのではないか?と警告を出していたりもする。 • 本稿はこのような種類の問題を考える。 4

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問題認識 • 生成AIが急速に普及し出したことに伴い、次のような点が問題 に成りだし、懸念されている。 …第3節 1. コアAIサービスは少数企業に独占されるのか? 2. 特に、既存大手テック企業は競争力を高めるのか? …第3節 3. 生成AIは既存市場にどのような影響を与えるのか? …第4節 4. 生成AIが引き起こす新たな競争環境に対する競争政策はどの …第5節 ような問題を登場させるのか? • 本問題を取り扱うための準備(第2節:主要概念の導入)を行った後、 問題対応の検討を第3~5節で行う。 5

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取組み姿勢 • このような問題に対処するに際し、極力技術論を排し基本問題 に焦点を当てる。 • そのため、次のような方針を立てる。 1. 顧客が生成したデータに基づくAIモデル改善と、公開されて いるまたは取得したデータに基づくAIモデル改善を区別する。 2. 全てのタイプのAIサービスを含めて考える。 3. 但し、生成AIを変化の波の中心として評価する。 • 次に、以降の節での検討対象の全体像を次頁に示す。 6

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垂直AIスタックの概要 アプリケーション 医薬品研究開発(Benevolent AI、Exscientia)、自動運転(Tesla Autopilot、 GMのCruise、Waymo)、顔認識(Clearview AI、Oosto)、ロボット工学 (Boston Dynamics、Amazon Robotics)、AIチャットボット(ChatGPT、 Claude、Bing Chat、Character.AI、Replika)、顧客サポート(Zendesk、 Intercom、Salesforce Einstein)、バーチャルアシスタント(AmazonのAlexa、 AppleのSiri、Google Assistant)、医療用画像 AI基礎モデル 言語(OpenAIのGPTシリーズ、GoogleのGemini、AnthropicのClaude、Metaの Llama、NvidiaのNVLM、X.aiのGrok、Mistral、Amazon Titan); コンピューター ビジョン(GoogleのViT、OpenAIのCLIP); 画像生成(OpenAIのDALL-E、 Stability AIのStable Diffusion、NVIDIAのStyleGAN); コーディング(OpenAIの Codex); 動画(OpenAIのSora) データ・ソース オンライン サービス (Amazon.com、Microsoft 365、Google 検索、Gmail、Apple App Store)、コンテンツ プラットフォーム (YouTube、TikTok、Spotify、Twitch、 Netflix、Pinterest)、ソーシャル ネットワーク (Reuters、WSJ、Disney、HBO)、ス マート デバイス (Fitbit、Apple Watch)、独自のエンタープライズ データ (Salesforce CRM、Intuit QuickBooks、SAP ERP) クラウド ハードウェア Amazon Web Services、Microsoft Azure、Google Cloud Platform、NVIDIA DGX Cloud、IBM Cloud、Alibaba Cloud、CoreWeave Cloud チップと専用ソフトウェア(NVIDIAのGPUとCUDAプログラミング言語、Google のTensor Processing Unit、AmazonのTrainiumチップ、QualcommのAIエンジ ン、TeslaのDojo AIチップ) 7

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図の解説 • アプリケーション層: • AI基礎モデルを利用する各種アプリケーションの層 • 5 大テック企業はいずれもこの層で活動している。 • AI基礎モデル層: • アプリケーション基盤として機能するように設計され事前トレーニング済みの生 成AIモデルの層 • トレーニングが完了すると特定データセットで微調整し個別アプリに適応できる。 • データ・ソース層: • モデルトレーニングに必要な大量のデータと計算力の組み合わせを提供する層 • 最近、AI モデルはプライベートデータでトレーニングされることが増加している。 • クラウド層: • AmazonのAWS、MicrosoftのAzure、Google Cloud Platform などのクラウド層 • AI のコンテキストでは、IaaS、PaaS、SaaSに分解できる。 • ハードウェア層: • Nvidia が提供するグラフィックスプロセッシングユニット(GPU)が代表するハード ウェア層 • AI モデルのトレーニングに使用される GPU の 90% は Nvidia が支配している。 8

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2.主要概念の導入 本課題に取組むための準備 • 本課題に取組むため、次の概念を導入する。 ◆データネットワーク効果 ◆データフィードバックループ ◆ユーザー間学習とユーザー内学習 • 以降に順次解説する。 9

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データネットワーク効果の真実 • データネットワーク効果とは? • 定義:製品使用の増加の結果、データが蓄積し、それにより製品価値 が増大すること • 偽の(緩慢な)データネットワーク効果: • 収集データから複数の洞察を発見し、これを元に製品を改善すること は、自動で継続的ではなく、手動で行われることが多い。 • このような製品改善は間接的で散発的であり、時間の経過とともに洞 察が見つけ難くなる。 • 真の(直接的な)データネットワーク効果: • 新しい使用が、即、新しいデータからのフィードバックを誘発し、製 品価値を直接的および継続的に増加させるケース • 現実的には、殆どのデータは真のデータネットワーク効果を 生み出さず、一度確立された場合でも、それほど強力ではな いことが多い。 10

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データネットワーク効果が発生している事例 例1:Fitbit(2007設立) ウェアラブル&フィットネストラッキング分析の先駆者 • 数百万人のユーザーからの膨大なデータを蓄積し、先行者利益とデータネット ワーク効果を通じて大きな競争上の優位性がもたらされるはずだった。 • しかし、先行者利益は必ずしも得られず、同業者が多数参入した。 • Apple、Garmin、Samsung、Whoop などの競合他社が参入して成功 観察1:データネットワーク効果が存在する場合でも、必ずしも永続的利点が得られると は限らない。・・・“偽りのデータネットワーク効果” 例2: Grammarly(2009設立) クラウドベースのライティングアシスタントサービスの先駆者 • ユーザーが スペル、文法、トーン、スタイル、単語の選択に関する提案を承認 または拒否することでデータネットワーク効果が機能していた。 • この好循環により、Grammarly の優位性は確固たるものに見えた。 • しかし、生成AI登場とともに優位性は不確実になった。 観察2:AI技術の進歩は早く、思わぬ所から対抗馬が登場してくる。 ・・・“真のデータネットワーク効果”のように思われていたが途中で挫折か? 11

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データフィードバックループの真実 • データフィードバックループとは? • 定義:顧客データを(AIを通じて)活用することで既存製品をより優れた製 品に生まれ変わらせること • より多くの顧客データを得るとこのメカニズムが働き易いと考えら れがちだが、実は、そうではない。 • データフィードバックループは従来のネットワーク効果に比 べてそれほど単純ではない。そこで、この実態分析に焦点を 当てる。 • 実質的にはデータネットワーク効果を活性化する手段として データフィードバックループを位置付ける。 • アプリケーション層やAI基礎モデル層で特定企業による勝者 総取りが発生するかどうかはデータフィードバックループの 強さが大きく関係する。 12

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データフィードバックループの評価指針 • データフィードバックループ構築は市場支配に繋がり易いとの認識 がある一方、それは例外であり原則ではないと考える理由もある。 これを判断するための データからの学習による優位性がどの程度かを判断する7つの質問 1. 2. 3. 4. 顧客データによって価値はどの程度追加されるか? 顧客データによる追加価値はどの程度の期間維持されるか? 顧客データから学習した価値はどの程度の速さで低下するか? データは他ソースからの購入、簡単コピー、リバースエンジニアリン グなどが出来ない専有品と見做せるか? 5. 顧客データに基づく製品改善を他者が模倣するのはどの程度困難か? 6. 一人のユーザーからのデータは同じユーザーおよび他ユーザーの製品 改善に役立てられるか? 7. 顧客データからの洞察を製品に組み込む速さはどの程度か? 13

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データフィードバックループをもたらす条件 1.• ①ある顧客から学ぶことが他の顧客にとっても良い体験につなが り(6.)、②その学習を現在のユーザーにも十分な速さで組み込め るのなら(7.) 、このメカニズムは、従来のネットワーク効果と非 常によく似てくる。 • 例:Google Map 2.• ①顧客データによる追加価値が高く(1.) 、②永続的にデータが独 自であれば(4.) 、③他者が模倣するのが困難な製品改善につなが り(5.) 、データ対応の学習によるネットワーク効果は発生する。 • しかし、このような強力な競争力構築は一般には極めて難しい。 3. • 鶏が先か卵が先かの問題もある。データフィードバックループの 構築を目指す企業は、①まず最小限のユーザーを引き付ける必要 がある。そして、②学習の好循環を開始するために適切な初期 データを準備する必要がある。(①と②はしばしば鶏卵問題) 14

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データフィードバックループの評価 • データフィードバックループは次のような特性も持っている。 1. 多くのAIサービスは公開データまたは取得データでトレーニングされ ており、顧客とのやり取りから意味のあるデータフィードバックを形 成していない。 • 翻訳サービス、など 2. データフィードバックループが機能している場合でも、データが一意 でないことがある。 • 同等の結果を得るために使用できるデータソースやプロバイダーが複数存在するよ うな場合(例:AIを活用した放射線学サービス、など) 3. データ活用の学習曲線が増加し続けるか、データを全て使い尽くす前 に停滞するかの評価も重要である。 4. フィードバックループは弱いフィードバックシグナルによって制限さ れることがある。 • Fitbitでは, 1)ユーザーが推奨事項に従ったか、2)推奨事項が他アプローチと比較し て優れた結果につながったか、等のシグナルが受け取れなかった。 15

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データフィードバックループの強化に向けて • そこで、データフィードバックループの強化を目指す必要がある。 • その際、全てのデータフィードバックループが同じようには形成され ていないことを正確に把握する必要がある。 非常に強力なデータフィードバックループが備わっているケース • Google Nest: ユーザーが温度を調整するたびに貴重なデータ信号が提供され、デバイ スはそれを使用してより優れたパーソナライゼーションを実現できる。 • Google マップ: ユーザーのルート選択と目的地到着までの時間によって、アルゴリズム がルートの推奨と交通予測を改善できる。 • Spotify: プレイリストに含める推奨曲の選択とそれらの曲を聴く頻度を直接学習できる。 もともと弱いデータ フィードバックループを持つ製品のケース • Fitbit, Whoop、Nutrisense、Oura などのウェアラブル製品: ユーザーからさまざまなデータ (心拍数、移動速度と距離、睡眠、皮膚温度) や 心拍数の変動、さまざまな心拍数ゾーンで過ごした時間、有酸素運動のフィッ トネススコア、運動の準備度スコア、睡眠の質スコアなどを得ているにも関わ らず、あまりサービスレベルの向上には繋がっていない。 16

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データフィードバックループの分類 (ユーザー間学習 vs ユーザー内学習) • 以上の例から示唆されるのは競争力に影響を与える学習の性質である。 • 学習タイプとしてユーザー間学習とユーザー内学習を導入する。 より多くのユーザー より多くのデータ ユーザーあたりの データ量の増加 特定のユーザーによ る使用頻度の増加 より良い 製品 ユーザー にとって のより良 い製品 ユーザー間学習 ユーザー内学習 例: Google マップ、自動運転車、 Grammarly、AI 放射線学 例: Google Nest、パーソナルアシスタント(Rewind、 Apple Intelligence)、企業向けAIソリューション 17

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ユーザー間学習 vs ユーザー内学習 • ユーザー間学習 より多くのユーザーがより多くのデータを生成す るときに発生し、これにより AI はすべてのユー ザー向けに製品を改善できる。 この学習はネットワーク効 果を生み出す。 Google マップ、自動運転車、 Grammarly、AI 放射線学 勝者総取りの可能性大 • ユーザー内学習 特定のユーザーによる使用が増えるため、AI は そのユーザー向けに製品を改善できる。 Google Nest、パーソナルアシスタント (Rewind、Apple Intelligence)、 企業向けAIソリューション この学習は競合他社への切替コ ストが高くなり、市場力は増す が市場支配には至らない。 勝者総取りの可能性小 • これら2種類の学習を区別することはデータフィードバッ クループを評価するカギになる。 18

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主要概念の導入(中間まとめ) • 従来のデジタルプラットフォーム形成では、① ユーザー数に 依拠した直接ネットワーク効果と、② サイト間のユーザー数 とアプリケーション数の相乗関係に関わる間接(クロスサイ ド)ネットワーク効果が重要な役割を果たした。 1. データからの学習に依拠するAI基盤モデルの場合には、これ にデータネットワーク効果が加わる。 2. データネットワーク効果はデータ量が多ければ良いという 単純なものではなく、顧客データフィードバックループの 形成が重要になる。 3. 但し、顧客データフィードバックループ形成は利用形態毎 に複雑な要因が関わる。 4. この状況の分類にユーザー間学習とユーザー内学習の区分 は一定の有用性を発揮する。 19

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3.生成AI基盤モデルにおける競争 AI基盤モデルの重要な特徴 1. 種々のアプリケーションに対応する。 • 例えば、1990年代のオンライン検索(当初の乱立からGoogle検索に一 本化)などと比較して、幅があり過ぎるので一本化され難い。 2. データフィードバックループの恩恵があまり明白でない。 • 多くのアプリケーションはデータプライバシーや戦略上の懸念から ユーザーデータを基盤モデルにフィードバックしない可能性が高い。 • 基盤モデルがユーザーからフィードバックシグナルを抽出で きた場合でも、それらのシグナルは非常に弱いか信頼性が低 い可能性がある。 • 基盤モデルのトレーニングデータは、① 非独占的、あるいは、 ② 非一意であることが多い。 20

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AI基盤モデル市場 • 競合する基盤モデルを提供する資金力のあるプロバイダーが 既に複数存在している。 • Anthropic、Google、Meta、Microsoft、Nvidia、OpenAI、X.aiなど • 更に幾つかのプロバイダーはクローズドモデルと同等レベル のオープンソースモデルを提供している。 • Meta、Mistral、Nvidia など • また、基盤モデルはクロスサイド(間接的)ネットワーク効果を 示さない可能性が強い。 • 理由:固有のオペレーティング システム (iOS、Android、Windows など)搭載の製品の購入のような条件がないなどから • これらのことから、インターネット検索などに比較して遥か に集中度が低い市場をもたらす可能性が高い。 21

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AI基盤モデル市場(続) • 但し、下記などの理由から反対の意見もある。 1. 少数の巨大テック企業の基盤モデルは自社が提供する他サービス から独自にトレーニングデータを収集できるので、これを活用す ることで支配的に成り得る。 • 例:Google は、YouTube、Google 検索、Gmail、Map、Play Store、 Google Assistantなどのデータにアクセスし、Geminiをトレーニングして いる。 • 但し、自社データがどれほど固有の価値を持つかは疑問視もされている。 2. 最先端基盤モデルのトレーニングに必要なデータ収集は規模が大 きく、規模の経済と範囲の経済が存在し得る。 3. 画期的なAI技術が競合他社に先駆けて一企業(Open AI)によって 開発されたという事実もある。 • これを出発点にすれば、堅牢なデータフィードバックループを設計するこ とで競争の優位性を高められる可能性がある。 22

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本質的な競争環境 • クラウド層では少数の有力プレイヤー(Amazon AWS、Google Cloud、Microsoft Azureなど)を中心に統合が進むと予想される。 • 理由:AI分野ではかなりの規模の経済も伴うため(GPUへの投資などで) • これら巨大テック企業はクラウド層での優位性をAIスタックの他の 層に活用できる可能性がある。 • ハードウェア層では、巨大テック企業がAI基盤モデルトレーニング 用の独自チップを開発している。 • 例:GooleのTensor Processing Unit (TPU) など • データ層では巨大テック企業は膨大な量の独自データにアクセスで きる。 • そこで、巨大テック企業はAIスタックの他の層をクラウド層の優位 性(と資金力)を活用して、垂直買収、独占取引、バンドル、あるい は束縛などの戦略に頼るかどうかが問題になる。 23

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本質的な競争環境(続) • 一方、巨大テック企業は特別の戦略に頼らなくても自然にAI基盤モ デル層のリーダーの地位を確保できるとの予想もある。 • しかし、彼らは当初OpenAIやAnthropicに後れを取った事実もある。 • その背景には次のようなことが考えられる。 • 巨大テック企業はさまざまな関心を抱えており、当初、生成AIに重点を置い ていなかった可能性がある。 • 巨大テック企業に焦点を当てた規制の脅威により、当初他サービスから取 得した独自データを積極的に活用することを抑制した可能性がある。 • 今後は、垂直AIスタックの全ての層に拠点を保有する巨大テック企 業は自分のポジションの弱い層をコモディティ化する強いインセン ティブを持つ。 • 弱い層はAI基盤モデル層とハードウェア層が代表的 この視点での全体像分析を次頁表に示す。 24

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AI基盤モデルを中心とした競争の全体像 • 総括:既存のコアプラットフォームサービス*1と比較すると、クラ ウド層では比較的高い集中が続くものの、AI基盤モデル層の集中は さほど進まないように思われる。 *1: 既存コアプラットフォームサービスの例としては検索のGoogle、ECのAmazon、 モバイルアプリのApple、Google、OSのMicrosoftなどがある。 アプリケー ション AI基礎モ デル データ・ソー ス NVIDIA Meta Amazon Apple Google Microsoft OpenAI ー 強 強 強 強 強 ー 弱 オープン ソースNVLM 開発 強/中 オー プンソ-ス化 積極推進 弱 Anthroic 支援 弱 強 中 Open AI支 援 強 中 強 強 強 強 強 弱 強 強 弱 新チッ プ開発*2 弱 新チッ プ開発*2 クラウド ハードウェ ア 強 強 弱 新チッ プ開発*2 弱 新チッ プ開発*2 弱 新チッ プ開発*2 弱 新チッ プ開発*2 *2: 新チップ開発は少なくともNVIDIA一極に依存する形態からの脱却を目指す。 25

26.

生成AI基盤モデルにおける競争(中間まとめ) • 生成AI基盤モデルに起因する今後のビジネス環境を適切に予測する 必要がある。 • 特に巨大テック企業の役割がどのように変化するかがこれからの世 界を占うカギになる。 1. 垂直AIスタックの視点では、巨大テック企業が持つクラウド占有 の構造が重要である。 2. また、消費者にサービスを提供するアプリケーション層で、巨大 テック企業はいずれも相当の基盤を保有している。 3. これを出発点にすると、巨大テック企業は自らの(資金力含め)強 みを生かしつつ、弱い層のコモディティ化を仕掛ける可能性が高 い。 4. 典型的方向性は、① AI基盤モデル層のコモディティ化(例:オー プンソース化、など)、② ハードウェア層のコモディティ化(例: NVIDIA一極構造を緩和する自前チップの開発)である。 5. これと、新規アプリケーション開発企業など新興勢力も含めたせ めぎ合いがこれからの競争構造の基本になると考えられる。 26

27.

4.生成AIが既存市場に与える影響 検討領域 • 検討内容は各セクター毎にかなり異なる。 • そこで、代表的な事例を個別に検討する。 • Google検索 • Adobe Photoshop • Uber • オンラインサービスプロバイダーとマーケットプレイス • オペレーティングシステム 27

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Google検索 • 生成AIはGoogleのような検索エンジンに代わる選択肢を提 供できる。・・・製品例:Perplexity • Perplexityには独自の基盤モデルは無く、OpenAIやAnthropicの モデルを含む既存モデルを利用する。 • OpenAI自身も独自の検索エンジンSearch GPTを立ち上げ た。 • Googleは既存検索エンジンも維持しなければならず、イ ノベーションのジレンマ的事態に直面する可能性はある。 • 但し、Google検索がすぐ陳腐化することはなく現在のニーズは 残り続けると推定される。 • ハルシネーションをより確実に排除できるような手段が見 つかればGoogleも新たな段階に進みやすくなる。 • 実際、既にGoogleはGoogle 検索向けにカスタマイズした新たな Geminiモデル AI Overviewsを実験的に提供し出している。 28

29.

Adobe Photoshop • Stability AI、Midjourney、OpenAI の DALL-Eなどは画像編集 と作成でAdobe Photoshop の従来の優位性に挑戦している。 • Photoshopなど従来のソフトで何時間もかかるような作業を、 ユーザーはこれらのAIツールを使うことで高品質で複雑な画 像を瞬時に作れる。 • 結果、画像作成は民主化され、アーティスト以外の人でもプ ロ並みのビジュアルな画像を作れるようになった。 • これらは、特に、イラスト作成、一部写真編集などの領域で Photoshopの市場ポジションを脅かしている。 • このような競争激化に対してAdobeは既存製品と統合する独 自画像生成AIツールFireflyを導入した。 • Adobeは特にプロフェッショナルユーザーをターゲットに領 域混乱を乗り切ろうとしている。 29

30.

Uber • Uberは自動運転車(AV)の進歩により大きな混乱のリスクに直 面している。 • Waymo, Cruise, 更に従来の自動車メーカーが人間のドライ バーを必要とせずに配車サービスを提供できるAVフリートを 開発している。 • TeslaはTesla NetworksによってTesla AV所有者が他の人を 輸送のために貸し出す機能を提供しようとしている。 • このような取組みが実現すると、Uberの優位性は大幅に低下 する可能性がある。 • 結果、配車業界はUberなどの主要配車プラットフォームから AVメーカーとオペレータに移行する可能性がある。 • Uberは、Waymoと提携するなどして対応しているが、AVが 広く使用されるようになった暁には、Uberが現在並みの地位 を維持できるかは不透明になっている。 30

31.

オンラインサービスプロバイダーとマーケットプレイス • 混乱のリスクに直面する企業には以下ような企業もある。 • UpworkやFiverr(一部のデジタルクリエイターは AI置換可能) • Chegg(宿題支援サービスは仮想AIアシスタントに置換可能) • Getty Images(ライセンス画像は画像生成容易な世界では価値低下) • 生成AIは人間が行なっていたデジタルタスクを直接置換可能 なので上記のような企業の優位性は低下し、市場はコモディ ティ化する可能性がある。 • 更にAI エージェントは消費者に代わって取引を行うことが出 来るので、既存の予約プラットフォーム(例:Booking.com)の ような役割を担う可能性がある。 • このようなサービスは、時間が経つにつれて消費者の好みを 学習し、既存のマーケットプレイスよりも、消費者が望むも のをより正確に見つけられる可能性がある。 31

32.

オペレーティングシステム • 既存オペレーティングシステムが AI を深く統合できる場合に は、新規参入者の参入はより難しくなる可能性がある。 • MicrosoftのWindows、AppleのiOS、GoogleのAndroidはそれ ぞれの方法で、競合する3rdパーティ開発者、アプリストア、 AI システムの範囲を制御しオペレーティングシステムに AI を 統合できる。 • 例:Apple のApple Intelligenceでは、同社の AI エージェントをiOS に統合する際、App Store で、① 同社AI エージェント入手可能で、 且つ、② アプリ推奨にすることで、ユーザーを App Store にさらに 閉じ込めることを可能性にしている。 • 一方、AI ネイティブな新たな要素と関連付けた新オペレー ティングシステムが出現する可能性もある。 • 例:メガネ、イヤホン、その他のウェアラブル機器、あるいは新し いモダリティ (音や視覚など) を利用することで、AI 搭載の仮想アシ スタントベースサービスを提供する新OSが登場するかもしれない。 32

33.

生成AIが既存市場に与える影響(中間まとめ) • これらの例に基づくと、AI が既存市場に混乱を引き起こす主 なメカニズムは次のようにまとめられる。 1. AI は、従来は人間が既存ソフトウェアを使用して行ってい たサービスを自動化できる (Adobe、Fiverr、Upwork など)。 2. AI は、既存プラットフォーム (Uber、Fiverr、Upwork、 Booking.com、Google など) が持っていたネットワーク効 果による優位性を排除できる。 3. AI は、ユーザーが複数のサービスにまたがってマルチホー ミングすることを容易化する (例:AI エージェントは複数 サービスを比較して、ユーザーに代わって適切なサービス 購入などを行うことができる)。 4. AI は、既存のサービスやプラットフォームに代わるまった く新しいサービス提供方法を可能にすることがある。 33

34.

5.生成AIが競争政策に与える影響 従来の競争政策の問題点 想定される問題点 • 垂直AIスタックのある層で大きな市場力を持つ企業が、その地位 を利用して他の層での競争を制限または歪めること • 例:独占契約を通じてAI基盤モデルプロバイダーが独自のデータにアク セスする、など • 独自の独占データを取得したり、競合他社がそのようなデータに アクセスできないようにデータ主導の買収を行うこと • クラウドサービスを特定AI基盤モデルと結び付けたりバンドルし たりすることで、クラウドサービスユーザーに特定AI基盤モデル の使用を義務付けたりすること • 但し、このレベルの制約は現行競争法の範囲に収まるとの評価もある。 34

35.

AIによって新たに生じる競争政策の問題点 想定される問題点 • 共謀を促進する価格設定アルゴリズムの登場と、その役割の重要性が 認識された場合、これらのアルゴリズムに効果的に対処するための既 存競争法あるい規制の見直し • 背景:アルゴリズムによる価格操作は検出、執行、責任、規制に関する新たな問 題を引き起こす。 • AI モデルは、価格差別、偏ったランキングと選択的な推奨 、戦略的契 約など、検出が難しい方法でより広範囲に反競争的行為を実行する可 能性がある。 • AI は企業の利益を最大化するために法律を回避する方法を見つける可 能性もある。 • そのような場合でも、AIのブラックボックス的性質上、競争当局が AI に反競争的目的があるかどうかを判断することは不可能な場合がある。 • 結果、当局は影響のみに焦点を当てざるを得ない。しかし、通常の利 益最大化行動と反競争的行動の間に明確な境界線を引くことは非常に 難しい。 35

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6.生成AI時代のビジネス環境 ビジネス環境の概要 1. • AI基盤モデル層の競争に対して、Microsoftは設立まもない OpenAIにこれまでに2兆円近い投資で支援し、OpenAIを自陣営 に囲い込んできたように見えていた。 2. • しかし、最近、この方針を改め、独自開発に舵を切った。 3. • 背景に、EUを中心に米巨大テック企業が更に肥大化するとの懸 念が高まっており、これを意識したリスク先取りと受け取られて いる。 4. • このような状況から、巨大テック企業を中心とした垂直AIスタッ ク構築による反競争的動きはかなり抑制され、AI基盤モデル層や データ・ソース層の寡占化は当面心配する必要はないのかもしれ ない。 36

37.

ビジネス環境の概要(続) 5. • そうなると、データネットワーク効果達成を巡る競争の主戦場は アプリケーション層になる可能性が高い。 6. • この層は、第2節でも詳述したように、アプリケーションが依拠 するデータの種類、学習形態、フィードバックループの完遂に要 するスピードなど、多くの要因に依存する複雑な世界である。 • また、過去のアプリケーション(FitbitやGoogle Nestなど)から類 7. 推しようとしても、生成AI活用の環境では状況が大きく変わって くるので、旧来の知見はあまり有効ではない。 37

38.

新たな取組み指針 • そうなると、① クラウド覇権は当分ゆるぎないものとし、② ハードウェア層の新チップ開発によるNVIDIA一極回避問題は別 ルールとして除外して考えると、次のような指針が想定される。 1. • AI基盤モデル層を活用する対象処理において、依拠するデータに 関する次のような諸点をよく吟味する。 • データの収集形態(直接的、自動的、継続的、ほか) • データの一意性の確認 • 学習形態(ユーザー間学習、ユーザー内学習、学習曲線の形状、他) • データフィードバックシグナルの強弱 • など 2. • データフィードバックループの強弱に起因して大規模な勝者が登 場するというよりは、個別領域毎に、①AI基盤モデル活用と同時 に、②データフィードバックループ強化に向けた工夫を如何に実 施するかの競争が発生する可能性がある。 38

39.

新たな取組み指針(続) 3. • これに向けた方策としては、より具体的にデータフィードバック ループを強化する取組みが必要になる。(以下に例示) • 製品を (再) 設計して、より自然なデータフィードバックループを構築 • 他製品と統合するなどして、データフィードバックループを構築 • 最小限の干渉でユーザーからのフィードバックを要請 • ループ内に人間を介在させてユーザーフィードバックを補完 • など 4. • 企業の規模が大きく本来のデータ優位性があったとしても、それ だけで有効なデータフィードバックループが形成される訳ではな い。 • 単純にAIエージェントによる置き換えが有効かどうかは不明確なことも 多い。 • 但し、現行OSへのAI統合などは非常に有利な状況になる可能性がある。 39

40.

生成AI時代のビジネス環境(中間まとめ) • 次のようなAI基盤モデル活用に関する示唆が考えられる。 • 生成AI導入企業のマネジャーへ • AI基盤モデル選択時には、自前顧客データ由来の価値創造プロセス と生成AI基本機能活用とのバランスをよくよく精査する必要がある。 • アプリケーション開発者へ • 想定される顧客データ起因で如何に効率的かつ直接的にデータ フィードバックループを構築するかの工夫について万全の考慮を払 うべきである。 • ユーザー向けの対応について • データネットワーク効果由来で生成される価値の予測精度や対応速 度向上が、ユーザーが認識する価値に直結することを充分考慮した 対応を行うべきである。 40

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最終まとめ 1. ChatGPT登場以来、生成AI普及は目覚ましく、既存市場破壊や新市場創 生が取り沙汰されている。 2. また、米巨大テック企業が一層競争力を高めるのではないかとの懸念も 浮上している。 3. 特に、AI基盤モデル層の競争の趨勢が一般の関心事だが、勝者総取りの 事態は回避されると予想される。 4. と言うのは、巨大テック企業は自らが強いクラウド層などを梃にその他 の層にコモディティ化の影響を迫る動きが示唆されるからである。 5. ターゲットになり易いのはAI基盤モデル層とハードウェア層である。 6. この推定だと、新市場創生の修羅場に成り易いのはデータネットワーク 効果を競い合うアプリケーション層である。 7. その際、データの収集法、学習形態、顧客データフィードバックループ 強化の工夫などが競争の趨勢に影響を与える。 8. 結果、重視されているトレーニングデータへの考慮だけでなく、如何に データフィードバックループを強化するかの検討も重要と考えられる。 41

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編集後記 • 生成AIが次の新たなプラットフォームになる世界において、データネットワー ク効果は重要性を増している。 • 但し、本テーマを扱うには、① データを活用した過去の事例の知識、② 生成 AIを踏まえた今後の予想、③ 過去のプラットフォーム理論からの見識、④ 競 争政策の知識など、多様な知見と経験が必要になる。 • 現時点で適当な論者は限られおり、今回はAndrei Hagiu氏(著名なプラット フォーム理論家)の論文を中心に構成してみた。 Andrei Hagiu Boston 大学クエスト ロム経営大学 院准教授 • 尚、本稿は、世間で評価の高い、NVIDIAとOpenAIの戦略と評価を軽視し過ぎ ているのではないかとの感想をお持ちの方も居るかもしれない。 • NVIDIAは、嘗てのIntelチップ+Windows連合を一社(GPU+CUDA)で実現して いると考えれば、従来のプラットフォーム理論で論評できるモデルに近い。 • OpenAIは、「公開されているまたは取得したデータに基づくAIモデル改善」の 先駆者であり、どちらもデータネットワーク効果視点の議論に乗り難い。 • 当然、新たなビジネス環境を考える際、両社を無視することはあり得ないが、 今回は、今まであまり注目されてこなかったデータネットワーク効果由来の世 界に焦点を当ててみた。 42

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