COVID-19とIT:パンデミックとデジタルヘルスの新たな接点

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January 23, 24

スライド概要

2023年7月に日本UNIXユーザー会(jus)の「コロナテックカンファレンス」公開した内容を少しだけ手直しして公開します。以下概要です。
https://www.jus.or.jp/covidtechconf

【概要】
2019年末からのCOVID-19の世界的な流行は、高度情報社会における科学の進歩と密接に結びついており、その影響は我々の社会全体に深く浸透しています。本講演では、世界的な流行としてのCOVID-19と、それに対抗するためのIT技術の進歩との間の関係性に焦点を当てます。
2023年6月時点で、COVID-19による感染者数は全世界で約7億6800万人、死亡者数は690万人と報告されており、その規模はかつてないほどのものです。しかし、このパンデミックの中でも注目すべきは、科学的な進歩とITの活用がどのようにして病原体であるSARS-CoV-2の解析や、その知見の共有、さらには感染終息への道筋をつけてきたかという点です。
しかしながら、一方で、COVID-19に関する不正確な情報がSNS等を通じて広がる「インフォデミック」が社会的な不安を引き起こし、新たな課題として顕在化しています。
このセミナーでは、デジタルヘルスの視点から、COVID-19というグローバルな問題と戦ってきた過程を概観します。そして、その経験と学びを次回のパンデミックに備えるための資産として活用する方法について議論します。この機会に、科学とITが直面する課題と可能性、そして未来の備え方について一緒に考えましょう。

【スライド解説】
1p タイトル
2p Agenda
3p 自己紹介。医師ですがコンピュータが好きなオタクとして育ち、医療DXについて研究してきました。主に医療分野でのオープンソースソフトウェアについて研究し、標準規格の策定に貢献してきました。
4p COVID-19パンデミックについてのまとめです。SARS-CoV-2により引き起こされたパンデミックで、2020年3月にWHOがパンデミック宣言を発しました。2023年7月現在でも流行は続いており、予断は許さない状況ですが、危機的な状況は脱したとはいえる状況です。史上初めてのcoronavirusによるパンデミックでもあり未知ことも多い中で対策を進めることを余儀なくされました。一方で、高度情報化社会の恩恵を受けウイルスゲノムなどの研究成果が即時に共有できたことで、人類史上にない早さで治療薬、予防法の開発が確立されました。
5p COVID-19対策として開発されたソフトウェアのまとめです。どこでだれが感染したかということを把握するための患者レジストリがまず構築され、地理的広がりを元に公衆衛生上の対策プログラムが策定されました。患者レジストリから新しい研究が生み出され、それで得られた知識が診療サポートやフェイクニュースの検出にも役立ちました。現場では遠隔診療の導入も進みました。あわせて予防対策として接触確認アプリの導入が日本を含めて世界各国で行われました。
6p 2019年12月に最初の患者が見つかってから、2020年2月にはウイルスゲノムが公開され2020年4月には論文発表されました。COVID-19関連の論文は無料でだれでも読めるように公開されて新しい知見が続々と世界中で共有されました。情報化が進んだことで、人類史上最速のスピードでCOVID-19の研究とその対策が進みました。
7p 一方で、大規模データねつ造事件も発覚するなど情報公開が徒となったケースもありましたが、情報が公開されたことにより発覚したともいえます。
8p パンデミック初期から中国は情報開示を積極的に行っており、Johns Hopkins大学はそのデータを元に地理情報システム上に感染の広がりを図示してきました。
p9 WHOもまたCOVID-19関連情報をまとめたダッシュボードを公開しています。
p10 このサイトを含めてCOVID-19関連情報はオープンソースソフトウェアとして開発されており、WHOの公式GitHubリポジトリで公開されています。
p11 そのほか、医療関連のFLOSSでCOVID-19への対策も進みました。もともとこれらのソフトウェアは低中所得国向けに作られており、感染症コントロールに強かったことから対策も早かったです。
p12 日本ではコロナウイルス関連でのデジタル化が遅れていることが問題視され、その象徴としてFAXでの報告が取り沙汰されましたが、アメリカやイギリスなどでもFAXが使われておりました。日本だけの問題ではありません。
p13 アメリカではワクチン接種証明書が観劇や飲食の場で提示が求められるようになった時期がありました。しかし、日本と違って手書きであったために、偽造証明書が売り買いされて問題となりました。
p14 スマートホンのBTLE機能を利用した接触確認アプリの導入が感染症対策として各国で行われました。感染防止や流行に関する因子は数多くあるため、アプリ単独での感染防止効果の推定はなかなか難しいのですが、シンガポールとオーストリアのデータから感染者を減らした可能性が示されております。一方で、誰と誰が接触したかというのはプライバシー情報であるため、WHOは実装ガイドラインを示しています。
p15 しかし、シンガポールでは感染防止として導入した接触確認アプリの情報を犯罪捜査にも使うと表明しました。
p16 遠隔診療も日本では2018年から保険適応として認められてきましたが、あまり普及していませんでした。2020年以降、COVID-19対策として普及が一気に進みました。感染対策としてはやむをえないところもありますが、【医療の質】が担保されるかには根強い懐疑論があります。対面の診療とは異なるものとして認識されつつもありますが、人間の命がかかった場面ではどうしても経験の多い保守的な選択をとらざるを得ないことがあります。
p17 プライバシーの保護の倫理と公衆衛生は時に矛盾します。「新型コロナウイルスに感染したと言うことを職場には伝えてほしくない」と言われる患者さんもいらっしゃいますけども、そのまま職場に勤務させて感染を広げることはあまり望ましいことではありません。個人情報保護法には公衆衛生については例外事項とされており、本人の同意が不要であるとされておりますし、個人情報保護委員会でも職場に伝えるのはやむを得ないと判断しています。ただし、無条件に感染者についての情報を公開していいというものではありません。感染症と差別には根深い歴史的関係があることを忘れてはいけません。
p18 公衆衛生は基本的人権とは相性が悪いものです。疫学調査を行うにも行動調査や接触調査はプライバシー権を侵害します。感染者や感染疑い者、感染が起こりやすいイベントについての行動制限は移動の自由、結社による自由、集会の自由を侵害します。誤情報についての対策を進めることは言論の自由や思想・信条の自由を侵害します。したがって、国がやることであってもある程度抑制的に行わざるを得ません。
p19 日本のデジタルヘルスは遅れているのかというのは度々話題になりますが、世界で先進的な取り組みをしている国は限られています。人口1000万人以下の国や中央集権的国家ではトップダウンでデジタル化が進みやすいようです。FAXについても先に説明したようにアメリカ始め医療ではFAXはまだよく使われていて日本だけのことではありません。日本では電子カルテも普及が進んでおりまして、保険請求業務も電子化されています。医療分野の電子化は他の国にとっても難しいことです。これまで医療情報を国が持つことによるプライバシー侵害や情報漏洩などの危険性がよく問題視されてきましたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは国が情報を持たないことの危険性も明らかになりました。
p20 世界各国のデジタルヘルスの進行状況を客観的な指標で評価したGlobal Digital Health Monitorというものがあります。
p21 そこでは確かに日本は世界の平均と比べて遅れた国と評価されています。
p22 全体評価として、政府の多くの省庁が関与していてどこが主体となっているかわかりづらいということがあげられていました。
p23 まとめです。新型コロナウイルスパンデミックは終息はしていないが危機はかろうじて脱したといえる状況にはあります。対策が急がれる中様々な情報通信ツールが導入されました。そもそも感染症対策、公衆衛生は基本的人権と相性が悪く、技術上可能ではあっても問題が生じることも多いです。
日本のデジタルヘルスは遅れていると言われますが、その評価の多くは妥当性を欠いています。しかし、GDHMで先進国のレベルではないと客観的指標に基づいて評価されていることは受け止めざるを得ません。

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1970年生まれ。マイコン少年として育ち、1995年に医師免許取得。以後、血液内科で修練すると同時にインターネット、情報システムに興味を持ち医療情報学の研究を始める。 医療分野のオープンソースソフトウェア、医療情報標準規格について研究、医療DX教育にも携わってきた。

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関連スライド

各ページのテキスト
1.

COVID-19とIT パンデミックとデジタルヘルスの新たな接点 小林慎治 医療オープンソースソフトウェア協議会

2.

Agenda • コロナウイルス感染症について • コロナウイルス感染症対策として使われたICTツール類につい て • 患者レジストリ • 接触確認アプリ • デジタルヘルスの国際指標について

3.

自己紹介 • 1970年 佐賀県出身 • 1989年 九州大学医学部入学 • 1995年 医師免許取得、九大第一内科入局 • 2001年 九州大学大学院進学(医療情報部) • 2003年 未踏ソフトウェア創造事業に採択 • 2004年 医療オープンソースソフトウェア協議会立ち上げ • 2005年 学位取得(博士、医学) • 2009年 愛媛大学助教 • 2013年 京都大学EHR共同研究講座特定講師 • 2017-2020年 国際医療情報学会(IMIA) Open Source Working group Chair

4.

COVID-19パンデミック • SARS-CoV-2により引き起こされた感染症 • 2020年3月にWHOがパンデミック宣言、2023年に「緊急事態終了」を 宣言 • 2023年7月現在でも流行は続いており、世界累計患者数は768,237,788 人、総死者数 6,951,677人である。(WHO Coronavirus dashboardよ り) • 記録上初めてのcoronavirusによるパンデミックであり感染経路、予防 法、治療法が未確立であるなかで、状況に応じた「対策」が求められ た。 • 高度情報化社会でのパンデミック • ウイルスゲノムなどの研究成果が即時に情報共有されたことで、異例 の早さで治療薬、予防法などが確立された。

5.

接触確認アプリ 診療サポート デジタル検疫(フェイク ニュース対策) Knowledge base 学術研究 公衆衛生 遠隔医療 医師 病院 患者レジストリ 患者 実地臨床 地理情報システム 図1. COVID-19 pandemic/infodemicで使われたICTツール類 KOBAYASHI S, Information and communication technology in the fight against COVID-19 pandemic/infodemic, European Medical Journal 5(1), 42-45, 2021

6.

https://www.nature.com/articles/s41586-020-2008-3

7.

大規模データねつ造事件

8.

Johns Hopkins University, Coronavirus Resource Center https://coronavirus.jhu.edu/map.html

9.

WHO Coronavirus dashboard https://data.who.int/dashboards/covid19/cases?n=c

10.

WHO official GitHub https://github.com/WorldHealthOrganization

11.

医療関連FLOSSプロジェクトのCOVID-19 対応 概要 COVID-19対応 GNU Health 病院管理,地域医療管理システム 接触追跡,疫学レポート,検査結果管理 OpenMRS 電子カルテシステム COVID-19患者管理,症状スクリーニング,ワクチ ン管理 DHIS2 診療情報報告システム 接触追跡ソフトウェア。日次,週次,月次報告

12.

https://www.nytimes.com/2020/07/13/upshot/coronavirus-response-fax-machines.html

13.

https://www.npr.org/sections/coronavirus-live-updates/2021/09/01/1033337445/fake-vaccination-cards-were-sold-to-health-care-workers-on-instagram

14.

接触確認アプリ(Contact Tracing app) • スマートホンのBluetooth Low Energy通信機能を用いた近距離 接触確認ツール • 2018年Zikaウイルス流行時に初めて実装される。 • シンガポールとオーストリアのデータと推計により感染者を減 らす可能性が指摘される。 • 感染防止に関わる因子が多いため、アプリ単独での感染防止効果は未 確定。 • プライバシーへの懸念 • WHOはプライバシー保護とユーザーへの説明を行うように実装ガイド ラインを設定。

15.

シンガポール:接触確認ソフトウェアを 犯罪捜査に利用(2021年1月) https://www.businessinsider.com/singapore-contact-tracing-app-data-can-beaccessed-by-police-government-confirms-2021-1

16.

遠隔診療 • オンライン診療自体は2018年に保険適応 • 2020年までは制約も多く普及していなかったが、新型コロナウ イルス感染症対策として普及が進んだ。 • コロナウイルス感染症対策としてはやむを得ないが、「医療の 質」が担保されるかには根強い懐疑論がある。 • 対面での診察とは異なるものとして認識されつつある。 • 人間の生命がかかった場面ではどうしても「保守的」思考が強くなる。

17.

プライバシー保護の倫理と公衆衛生 • 「新型コロナウイルスにか かったのですが、職場には伝 えてほしくありません。」 • 個人情報保護法の公衆衛生例 外で職場や行政への報告は本 人の同意不要。(個人情報保護 委員会) • ただし、無制限に公開して良い というものでもない。 • 感染症と差別とには根深い関係 がある。(聖書における「らい 病」の記載) いらすとや:病欠のイラスト(男性)

18.

公衆衛生と基本的人権 • 疫学調査 • 行動調査、接触調査:プライバシー権 • 個人情報保護法における公衆衛生例外(18条、20条、27条) • 感染者に行動制限、予防的行動制限 • 移動の自由、結社の自由、集会の自由 • 学校閉鎖:教育を受ける自由 • 職業選択の自由 • 誤情報対策、ワクチン忌避問題 • 言論の自由、思想・信条の自由

19.

日本のデジタルヘルスは遅れているの か? • 世界で先進的な取り組みをしている国は限られている。 • 人口1000万人以下、中央集権的国家 • 「FAX」が象徴的に捉えられているが、アメリカはじめ医療で は割と使われている。 • 電子カルテも大病院を中心に普及しており、保険請求業務はほ ぼ電子化されている。 • 日本だけではなく、諸外国でも医療分野の電子化は難しいとさ れている。 • 医療情報を国が持つことについての危険性についてよく取り上 げられるが、国が情報を持たないこともまた危険である。

20.

https://monitor.digitalhealthmonitor.org/map

21.

https://monitor.digitalhealthmonitor.org/country_profile/JPN

22.

GDHM: Country summary(Japan) • In the case of Japan, it is difficult to say government approval because the Ministry of Health, Labor and Welfare, the Ministry of Economy, Trade and Industry, the Ministry of Internal Affairs and Communications, and the Cabinet Office are all involved. In addition, the medical care system and the insurance system, which is related to revenue for the field, are on opposite sides, with the field responsible for more than half of the services and the government wanting to lower costs. Academia also has its own position, and opinions are divided, making it difficult to accurately understand the current situation. I have described the situation in academia as one of equality • 日本の場合、厚生労働省、経済産業省、 総務省、内閣府がすべて関与しているた め、本調査で政府の承認をえるのは困難 です。 • さらに、現場にとっての収益に関連する 医療制度と保険制度は、サービスの半分 以上を現場が担当し、政府がコストを下 げたいという逆の立場にあります。医学 会も自身の立場を持っており、意見は分 かれているため、現状を正確に理解する のは難しいです。私は学術的立場で書か れた状況を公平性の意味でとりあげてお ります。 https://monitor.digitalhealthmonitor.org/country_profile/JPN

23.

まとめ • 2019年末に発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミック は2023年7月現在もまだ終息してはいないが、危機は脱したと いえる状況にある。 • 対策が急がれる中、さまざまな情報通信ツールが導入された。 • そもそも感染症対策、公衆衛生は基本的人権と相性が悪く、技 術上可能であっても問題が生じうることも多い。 • 日本のデジタルヘルスは遅れていると言われているが、その評 価の多くは妥当性を欠いている。しかし、GDHMで先進国のレ ベルではないと客観的指標に基づいて評価されていることは認 識すべきである。