人間の触覚の生理・心理

UEC 人間の触覚の生理・心理 下条誠* *電気通信大学名誉教授 1

UEC 五感の中の触覚 集中型 通信量 器官 視覚：眼 107 bit/s 聴覚：耳 105 bit/s 嗅覚：鼻 103 bit/s 味覚：舌 103 bit/s 触覚：皮膚 106 bit/s 大脳での触感覚領域の広さ 分散型 ［Penfield et al., 1950］ 成人では1.6〜1.8㎡の面積と３〜５Kgの重量を有する 最大の器官である 2

UEC 身体のすべてに存在する触感覚 体性内臓感覚 体性感覚 表在感覚 皮膚 内臓感覚 深部感覚 骨格筋,腱,関節 内臓 ⚫機械受容器： 圧，触，振動，伸展，緊張 (１０７個) ⚫温度受容器： 温(３ｘ１０4個)，冷(2.5ｘ１０5個) ⚫化学受容器： 代謝産物，ｐH,ｐCO2,ｐO2,グルコース ⚫侵害受容器： 組織の損傷，熱，坐滅(2ｘ１０6個) 3

UEC ヒトの皮膚 ⚫ 成人では1.6〜1.8㎡の面積と３〜５Kgの重量を有す る最大の器官である． ⚫ 侵害刺激からの保護、体温調節、分泌排泄、合成、 免疫、呼吸、経皮吸収、および感覚受容の７つの機 能を担っている． ⚫ 皮膚構造と機械受容器の位 置などが、触覚情報処理に 大きな影響を及ぼす． 4

UEC 皮膚の構造 ウィキペディア（Wikipedia） 5

UEC 皮膚構造 メルケル細胞 (SAI) 皮丘 皮溝 汗腺 表皮 表皮 隆起 Mk 真皮 乳頭 マイスナー小体(FAI) R 真皮 皮下 組織 Mr ルフィニ終末 (SAII) Pc パチニ小体 (FAII) ウィキペディア（Wikipedia） 6

UEC メルケル細胞 (SAI) 直径：9〜16μm 細胞突起 表皮基底層 メルケル細胞 細胞核 神経終末 小胞 真皮 求心性神経軸索（有髄） 7

UEC マイスナー小体(FAI) 表皮 真皮 長さ80〜150μm 直径20〜40μm コラーゲン 繊維束 指尖腹部で10〜24個／㎟の 高い密度で分布する。 内芯 軸索終端 積層薄膜 莢 求心性神経軸索 8

UEC ルフィニ終末（SAII) 全長:0.5～2mm 莢 内芯 コラーゲン 繊維束 無髄 有髄 求心性神経軸索 9

UEC パチニ小体 (FAII) 2500×750μmの卵型 莢 求心性神経軸索 内芯 無髄 有髄 血管 10

UEC 順応性と受容野 FA-I SA-I FA-II SA-II 刺 激 順 応 性 感 度 （ し き い 値 ） 神経パルス 応答 (μm) 75 600 50 400 25 200 0 0 2 4 0 6 (mm) 0 50 1000 0 0 2 4 6 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 受 容 野 1mm 領域明確 1mm 領域不明確 R.F. schmit, (岩村吉晃訳): 感覚生理学第２版, 金芳堂, 1991. skin of the human hand,Trends in Neurosciences,Volume 6, 1983, Pages 27-32 Roland S.Johansson, Åke B.Vallbo,Tactile sensory coding in the glabrous 11

UEC 機械受容器の周波数特性 メルケル細胞 (SAI) 振動刺激振幅（dB ：1.0μm基準） マイスナー小体(FAI) NP-III ( FA-I ) 45 ルフィニ終末 NP-I ( SA-I ) 30 (SAII) NP-II ( SA-II ) パチニ小体 (FAII) 強度検出 15 注釈 速度検出 ：浅い→I 0 P ( FA-II ) ：深い→II -15 SA: slow adaptation unit 加速度検出 遅い順応 30 0 1 10 100 1000 FA: fast adaptation unit 早い順応 振動刺激周波数（ Hz ：対数軸） S. J. Bolanowski, Jr. , G. A. Gescheider , R. T. Verrillo , C. M. Checkosky, Four channels mediate the mechanical aspects of touch,J. of the Acoustical Society of America 84,5, November 1988 12

UEC 各感覚器と受容野 SAI SAII R.F. schmit, (岩村吉晃訳): 感覚生理学第２版, 金芳堂, 1991. FAI FAII 13

UEC 機械受容単位投射密度(本／cm-2） 機械受容器と配置密度 人の手には約 17000本の機械 受容器神経線維 120 FA-I 80 FA-II SA-I 40 SA-II ⚫FAI :43% ⚫FAII:13% ⚫SAI :25% ⚫SAII:19% 0 投射部位と機械受容単位 R.F. schmit, (岩村吉晃訳): 感覚生理学第２版, 金芳堂, 1991. 14

UEC SAI SAII FAI FAII 受容器 Merkel Ruffini Meissner Pacinian 順応性 遅い 遅い 速い 速い 受容野の境界 明瞭 不明瞭 明瞭 不明瞭 平均的受容野面積 4) 11.0 mm2 59.0 mm2 12.6 mm2 101.0 mm2 4-7 1 12-17 1 浅い 深い 浅い 深い 紡錘形 楕円体(長軸:40-100 (長さ 0.5mm -2mm) μm.短軸:30-60μm) 25% (4250 本) 19% (3230 本) 43% (7310 本) 13% (2210 本) 空間加算特性 12) なし -- なし あり 時間加算特性 12) -- あり なし あり 皮膚表面温度影響 12) あり あり(100Hz 以上) なし あり 連続パルス(20 程度) 少しでは関与なし 単一パルス 連続パルス Pressure -- Flutter(10Hz) 受容器当たりの ヒトの無毛部 皮膚機械受 容器の分類 抹消感覚機構 4) 皮膚表面からの 相対的深さ 卵円形（6-l2μm） 形状・寸法 2) 厚さ 1μm) 手掌面における 神経支配密度 3) 感覚発生に必要な パルス数 6,19) 触神経電気刺激 による発生感覚 18) 下条 誠 皮膚感覚の情報処理、 計測と制御、41，10， 723/727、2002 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl 1962/41/10/41_10_723/_article/-char/ja/ 触覚円板(直径 7μm, 楕円体(長軸: 2.0~45ｍｍ,短 軸:10~20ｍｍ) Tapping(1Hz) Tickling/Vibration Vibration(50Hz) 周波数レンジ 0.4-100Hz 0.4-100Hz 10-200Hz 70-1000Hz 最小閾値(周波数) 10μm(50Hz) 3μm(50Hz) 6μm(40Hz) 0.1μm(250Hz) 強度検出 機能的特徴 空間パターン検出 皮膚曲率検出 皮膚の引っ張り検出 速度検出 加速度検出 空間パターン検出 振動検出 皮膚曲率変化検出 刺激(皮膚変形） と 応答(発火頻度）6) 神経線維 伝導速度が速い(40-70m/s)、太い直径(8-13μm 以上)の有髄神経線維。 体性感覚野まで 2 つ程度の中継で伝達。 15

• https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl

UEC 空間分解の比較（SAとFA） 提示例 応答１ 応答２ 応答３ 応答４ 応答５ SA QA 指(サル）にドットパターンを少しづつ、ずらしながら押付けた 時のSA、QA（ヒトのFA)受容器の示す応答の集合 KO Johnson, Neural mechanisms of tactual form and texture discrimination, Federation Proceedings, 01 Jun 1983, 42(9):2542-2547 16

UEC 側抑制（視覚の例） シュブルール錯視（Chevreul illusion） 17

UEC 側抑制効果 受容野： 内部 横切る 側抑制による エッジ強調 Roland S.Johansson, Åke B.Vallbo,Tactile sensory coding in the glabrous skin of the human hand,Trends in Neurosciences,Volume 6, 1983, Pages 27-32 反応大 18

UEC 側抑制１ シナップス後電位 ①興奮性 + EPSP ②抑制性 ③シナップス 前抑制性 IPSP EPSPの抑圧 19

UEC 側抑制２ 刺激 皮膚 受容器 第１中継所 側方抑制 第１中継のあと 興奮の空間分布 R.F. schmit, (岩村吉晃訳): 感覚生理学第２版, 金芳堂, 1991. 第２中継のあと 20

UEC 側抑制神経機構1 5 10 5 0 0 刺激強度 感覚受容器 1 即抑制 -0.2 -0.2 8 神経節細胞 応答 21

UEC 側抑制神経機構2 10 5 5 5 5 5 5 10 3 2 7 刺激強度 10 10 10 10 10 5 5 5 5 6 6 6 6 7 2 3 3 3 10 11 12 13 14 -0.2 3 3 8 6 4 2 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 22

UEC 側抑制神経機構3 10 5 5 5 5 5 10 5 10 10 10 10 10 5 5 5 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 -0.5 4 2 0 -2 1 2 3 4 5 -4 23

UEC マッハバンド 24

UEC 触覚の分解能 触覚の感覚感度 触覚の空間分解能 温冷覚の弁別域 25

UEC 体表部における圧覚の閾値 3.6 Weinstein (1968)より】 右側 3.2 左側 2.8 2.4 2.0 1.6 1.2 0.8 0.4 0 足母指 大腿 腹 胸 鼻 上唇 頬 前額 母指 1234 指 肩 上腕 足底 脹脛 背中 前腕 手掌 26

UEC 体表部における触２点弁別閾 50 Weinstein (1968)より】 45 右側 40 左側 平均弁別閾 (mm） 35 30 25 20 15 10 5 0 足母指 大腿 腹 鼻 胸 肩 足底 脹脛 背中 上唇 頬 母指 1234 指 前額 上腕 前腕 手掌 27

UEC 体表部における温・冷覚の弁別閾値 基準：体表温度33度 3 3 温覚 冷覚 温 2 覚 閾 値 ℃ 2 冷 覚 閾 値 18～28歳 1 0 つま先 1 足裏 脹脛 大腿 腹 唇 頬 上腕 前腕 母指 指 ℃ 0 前額 背中下部 Stevens, et al.(1998 ) 28

UEC 29

UEC 仮現運動 知覚 知覚 刺激１の 持続時間 刺激１ 刺激２の 持続時間 刺激１の 刺激２の 持続時間 持続時間 刺激１ 時間条件 時間条件 刺激２ 刺激２ 空間条件 (a) 空間条件 知覚 刺激１の 刺激２の 持続時間 持続時間 刺激１ 時間条件 刺激２ 空間条件 (c) (b) ⚫ 仮現運動：実際に動く刺激を 提示しなくても，２個の点刺激 の一方が他方へ移動して知覚 される現象 ⚫ 立ち上がり時間差（SOA），刺 激間の距離、刺激の強度、振 動周波数、体の部位などによ り変化 30

UEC 仮現運動（触覚：梶本研究室） デバイスを把持した手の中にファントム 腹に巻いた複数の振動子（スピーカー） センセーションを生起させることで奥行き からの振動タイミングをコントロールする 感を触覚的に再現する。 ことで、槍で突き刺されたり、刀で切ら 試作デバイスは手の平と手の甲に振動 れたりする感覚を再現する 子をつけこれを同時に振動させる 31

UEC 触覚の神経経路 感覚野 大脳皮質 運動関連 領野へ 辺縁系へ １次体性 連合野へ 視床外側 腹側核 視床 ⑤ ２次体性 感覚野 統合 中心後回 １次体性 感覚野 橋（中部） 視床 中脳 橋 延髄 脳幹 中脳 延髄（中部） 中継 脊髄 延髄（下部） 薄束核 楔状束核 毛帯交叉 第２～第６胸髄 受容 皮膚機械受容器 皮膚機械受容器 顔面・頭部 顔面・頭部以外 薄束 楔状束 後角 ⑥ 第７胸髄～ ④ 後根神経節 後索 32

UEC 触覚の中枢（体性感覚野） １次体性 感覚野 ３野 中心溝 ６野 １野 ４野 ２野 ５野 ７a野 ７b野 前 後 ２次体性 感覚野 外側溝 33

UEC 皮膚レベル 金澤一郎(監修), 宮下保司(監修), Eric R. Kandel (編集): カンデル神経科学, メディカルサイエンスインターナショナル,2014 34

UEC 各レベルにおける神経接続 Skin Deep tissue Skin (complex touch） Deep tissue 筋･関節 中枢での各指の 受容野の配置 指先でのRAとSAの 受容野の重なり 金澤一郎(監修), 宮下保司(監修), Eric R. Kandel (編集): カンデル神経科学, メディカルサイエンスインターナショナル,2014 35

UEC 触覚マッピング 浮き出た文字をサルの指先に押 し当てた場合の中枢３ｂ野での マッピングの様子 神経経路レベル SA神経イメージ RA神経イメージ 中枢レベル ３ｂ領域 SAイメージ ３ｂ領域 RAイメージ １ 領域 SAイメージ １ 領域 RAイメージ 金澤一郎(監修), 宮下保司(監修), Eric R. Kandel (編集): カンデル神経科学, メディカルサイエンスインターナショナル,2014 36

UEC 触覚の特徴抽出細胞 接触方向判別 動作方向判別 中枢の２野に存在 金澤一郎(監修), 宮下保司(監修), Eric R. Kandel (編集): カンデル神経科学, メディカルサイエンスインターナショナル,2014 37

UEC 触感覚のマッピング 第一次体性感覚野 手手前肘上肩頚胴股 首腕 腕 部 ５指 ４指 ３指 ２指 １指 大腿 下腿 足 性器 眼 鼻 頬 上唇 下唇 歯・歯茎・顎 舌 咽頭 腹部内腔 ［Penfield et al., 1950］ 38

UEC 感覚野における再現地図の比較 ウサギ ネコ サル ヒト 第一次体性感覚野における再現地図 の比較（カンデルより） 39

UEC 幻肢 幻肢（げんし、英: phantom limb）は、事故や病気が原因で手や足を失っ たり、生まれながらにして持たない患者が、存在しない手足が依然そこに存 在するかのように感じること Revealing the invisible: the paradox of picturing a phantom limb,GD Schott - Brain, 2014 - Oxford Univ Press 40

UEC 可塑性 手手前肘上肩頚胴股 首腕 腕 部 ５指 ４指 ３指 ２指 １指 大腿 下腿 足 性器 眼 鼻 頬 上唇 下唇 歯・歯茎・顎 舌 咽頭 腹部内腔 41

UEC 幻肢痛と治療 Revealing the invisible: the paradox of picturing a phantom limb,GD Schott - Brain, 2014 - Oxford Univ Press 42

UEC ハプティクスとは何か？ 能動的ハプティクス 皮膚感覚情報 ＋ 求心性運動感覚情報 ＋ 能動的運動制御 ＋ 遠心性コピー情報 43

UEC アクティブタッチとは？ 44

UEC 触覚の生理心理 おわり 参考資料 下条 誠 皮膚感覚の情報処理、計測と制御、41，10， 723/727、2002 DOI https://doi.org/10.11499/sicejl1962.41.723 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/41/10/41_10_723/_article/-char/ja/ 45

• https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/41/10/41_10_723/_article/-char/ja/
• https://doi.org/10.11499/sicejl1962.41.723