コンスタンティン植田陽紀

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November 11, 23

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2023.11.1 道央宣教セミ・ブロック機関紙 (札幌・小樽・苫小牧) 会 報 2023.11.1. No.402 札幌ハリストス正教会 発行 カリストス・ウェア府主教は、アメ リカ正教会(OCA)の第 12 回全米公会 (1999 年)で『心を尽くし感謝して世 界を神に献げ返す』という題の講演を されています。今回はその冒頭部分を ご紹介いたします。 「爾の賜を、爾の諸僕より、衆のため 一切のために爾に献りて」 。 これがこの公 会のテーマです。皆さんもお分かりのよ うに、この言葉は司祷者が唱えます。そ の時、輔祭は献げものであるパンとぶど う酒を高く掲げます。そしてすぐに聖神 を呼び求めるエピクレーシスへと続きま す。 「私たちはあなた に、あなたご自身の 贈り物を献げます。 しかしその贈り物とは、もと もとあなたご自身のものです。 私たちは全てのものと一つとなり、全て のもののために献げます。 」 司祷者はこの ように言っています。 複雑な文章です。このフレーズの中に ある様々な言葉を検討していきながら、 全体の意味を読み解いていきましょう。 まずは「我等」という言葉です(※日本正 教会訳では主語が省略されています)。 二 つ目に「献げる(献りて)」という言葉で 〒062-0042 札幌市豊平区福住 2 条 2 丁目 3 番 1 号 TEL:011-852-5644 FAX:011-856-0818 郵便振替 02790-8-4469 http://www.orthodox-jp.com// E-mail [email protected] す。三つ目に「あなたのものを、あなた のものから(爾の賜物を、 爾の諸僕より)」 という言葉です。四つ目に「全てにおい て、全てのために(衆のため一切のため に)」という言葉です。 まず聖体礼儀の祈祷文は、 「私は献げる」 ではなく、 「私たちは献げる」となってい ることに気づきます。聖体礼儀 において私たちは人間としてこ の上ない極上の献げも のをします。その献げ ものを、私たちはばら ばらの個人としてするのではなく、お互 い関係性のある者としてするのです。真 の献げものとは、人と人との関わりの中 でされるものであり、対話的であり、共 同的なものです。私たち人間は神のイメ ージのもとに造られました。それはつま り、至聖三者の神のイメージであり、た だ単に一つのお方であるばかりではなく、 三つにおいて一つであるお方としての神 - 1 -

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2023.11.1 のイメージです。お互いが愛の内にある 神、私たちはそのイメージのもとに造ら れました。ですから、もし少なくとも二 つの人格が存在し(三つの人格が存在す ればもっと良いでしょう)、 しかもそれら の人格がお互い交わりの中にないのであ れば、真の人格、つまり神のイメージに もとづく人格は存在しないのです。人間 の人格に関わってくる面で言いますと、 これが至聖三者の教義の基本です。人 (私)が本当の意味での自分自身になるた めには、相手(あなた)が必要なのです。 もしこのことが人間の生活全般に当ては まるのでしたら、私たちが神に献げる聖 体礼儀の献げものにおいてはなおさらそ のように言えるでしょう。聖体礼儀はそ の本質において社会的なものです。文明 化された社会では、食事とは人との分か ち合いや結びつきの現れです。私たちが 他者と共にパンを割き、他者に飲み物を 差し出す時、それは、私たちが他者に対 して心を開き、好意を持っていることを 表す手段となります。Companion(仲間) という言葉の意味はあまり知られていま せんが、この話の流れ上、その意味を考 えてみる価値があります。com は「共に」 という意味であり、panis は「パン」と いう意味です。共にパンを割く相手が、 自分の仲間であり、同志であり、友なの です。 私達は食事を共にすることによって愛 を表します。この食事を共にするという 自然的、本能的な行為を、聖体礼儀は超 自然的な恵みというレベルまで押し上げ ます。聖体礼儀は食事であり、食事は社 会的なものです。私たち人間は至聖三者 のイメージのもとにあります。 ですから、 「私」が献げるのではなく、 「私たち」が 献げるのです。 「私たち(我等)」とは奉神 礼に特徴的な言葉です。聖体礼儀で「私 (我)」という言葉が使われることはほと んどありません。聖体礼儀の最高潮はエ ピクレーシス、つまり聖神を呼び求める 祈りです。 極めて重要なことなのですが、 そこでは「我等・・・献じて、願い祈り 切に求む」と祈られます。また、聖体礼 儀の模範とされる祈りは天主経です。天 主経では「我等を」という言葉が 5 回使 われ、 「我等の」 という言葉が 3 回使われ、 「我等」ということは言葉が 1 回使われ ています(※日本語の祈祷書は、 翻訳上こ の回数と一致しません)。しかし、天主経 のどこを見ても、 「我」 、 「我の」 、 「我を」 という言葉は見つかりません。 このことに関連してある物語が思い出 されます。ドストエフスキーが「カラマ ーゾフの兄弟」 の中で伝えている物語で、 老婆と葱についてのものです。この物語 は、恐らく皆さんが知っているものでし ょう。民間に伝承された物語で、ドスト エフスキーもそれを耳にしたのです。あ る年老いた女が死に、やがて火の湖の中 に入れられました。彼女は驚きました。 というのも自分のことを立派な老婦人で あると思っていたからです。彼女は自分 の守護天使を呼び出して言います。 「これ は何かの間違いではないか。私はとても 立派な老婦人だ。自分がこのような火の 湖にいるはずがない。 」 天使は言います。 「ええと、それではあ なたは誰かを助けた記憶はありますか?」 老婦人はちょっと考えて、 「あるわ。 」 と言います。 「畑仕事をしていた時に乞食 がそばを通りかかったのだけれど、彼に 葱をあげたわ。 」 「素晴らしい。 」 と守護天使は言います。 「偶然にも今、私には葱があります。 」と 言って、 天使は自分の服の中に手を入れ、 葱を取り出しました。そして天使は葱で 火の湖から彼女を引っ張り出そうとしま - 2 -

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2023.11.1 す。 しかし、そこにいたのは彼女だけでは ありませんでした。彼女がことの成り行 きを見ていると、人々が自分に群がって いるではありませんか。彼らは自分も引 き上げてもらおうと、老婦人にしがみつ いているくるのです。老婦人は大いに動 揺してしまいました。 彼女は叫びます。 「離れなさい。離れな さい!引き上げてもらうのはあんたがた ではなく、この私よ。これはあんたがた の葱ではなく、私の葱なのよ。 」 彼女が「私の葱」といった瞬間、葱は 真っ二つに切れ、老婦人は火の湖へと再 び落ちて行き、彼女は今も火の湖の中に いるそうです。これがその物語です。老 婦人が「私たちの葱」と言ってさえすれ ば、葱は全員を引き上げるだけの強度を もったのではないでしょうか。けれども 「私の」と言って、老婦人は自分の真の 人格を否定し、さらには聖体礼儀の根本 的な精神を拒絶してしまったのです。 聖体礼儀「リトゥルギア」という言葉 は正確には何を意味しているのでしょう か。 「リトゥルギア」は「人々の仕事」と いう意味であると説明されることがあり ます。私の理解によれば、それは語源学 的には疑わしいものです。しかし、神学 的には確かなものです。リトゥルギアと は、分かち合われた行為であり、多くの 人が共同で行うものであり、私たちが協 力しなければ行うことのできないもので す。 ですから聖体礼儀は 「リトゥルギア」 と呼ばれるのです。それはつまり、礼拝 中においては積極的に参加する人しかお らず、受け身で見物する人は誰一人とし ていない、 ということです。 私たち皆が、 共に献げる者となります。司祭と人々が 一体となり、会衆全体で献げるのです。 私にとって、この人々との結びつきが 特別な形で露わにされると思える、その ような場面が二か所、聖体礼儀にはあり ます。 まず、司祷者が人々に頭を下げ、それ に返して人々が頭を下げる場面が三度、 聖体礼儀にはあります。 一度目は、司祭と輔祭が共にイコノス タス前で準備の祈祷を唱えた後です。二 度目は大聖入の直前です。ヘルヴィムの 歌が歌われる中、司祷者は人々に頭を下 げ、人々はそれに頭を下げ返します。そ して三度目が、領聖の直前です。司祷者 は再び人々に頭を下げ、人々はそれに返 して頭を下げます(※復活祭の時以外は この時基本的に王門が閉じられているの で、信徒の方は見ることができません)。 この頭を下げるという行為において、 何が行われているのでしょうか。単にお 互いに礼儀正しい振る舞いをするという ことでしょうか。いいえ、もっと深い意 味があります。 司祷者が人々に頭を下げ、 人々がそれに返す時、 司祷者は心の中で、 あるいは声に出して、 「兄弟姉妹よ、我を 赦し給え」と言います。そして人々が頭 を下げ返す時、彼らも自分の赦しを請い ます。互いに赦し合うということ、これ が聖体礼儀という行為には不可欠なので す。他者と断絶したり、他者を遠ざけた りするのではなく、仲間と和解し、パン を分かち合う人々と共に和解して、私た ちは祭壇 altar へ近づくのです。互いに 赦し合い、 互いに愛することがなければ、 真の聖体礼儀は存在しません。18 世紀の 偉大なる預言者、ウィリアム・ブレイク はこのように書いています。 「そして未来 永劫を通じて/私はあなたを許すあなた は私を許す/我々のいとしいあがない主 が言った如く/これがぶどう酒そしてこ れがパンと」(梅津済美訳『ブレイク全著 作』p758) - 3 -

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2023.11.1 ( ) 最 後 に な り ま し た が 会 場 準 備 に 当 た ら れ い て 」 、 2 日 目 は 児 玉 神 父 様 か ら 「 降 誕 祭 に つ て 日 程 を 終 了 し ま し た 。 座 学 は 初 日 、 後 藤 神 父 様 か ら 「 聖 体 礼 儀 に つ 研 修 の 終 わ り に 振 り 返 り と ま と め が あ っ ま り 、 標 記 研 修 会 が 開 催 さ れ ま し た 。 品 お よ び 聖 歌 奉 仕 者 20 余 名 が 釧 路 教 会 に 集 函 館 、 上 磯 、 釧 路 、 上 武 佐 、 札 幌 の 各 教 会 神 9 月 30 日 ( 土 ) ~ 10 月 1 日 ( 日 ) 、 仙 台 、 ご 覧 く だ さ い 。 ュ ー ブ 発 信 さ れ て い ま す の で 可 能 な 方 は 是 非 様 が ユ ー チ ※ 内 田 神 父 北 海 道 ブ ロ ッ ク 聖 歌 研 修 会 す る こ と が で き ま し た 。 行 し 、 皆 さ ん と 共 に 新 府 主 教 の 着 座 を お 祝 い 揮 に あ た り 、 エ フ レ ム ) ( パ ル メ ン 傳 法 肇 ) た 釧 路 教 会 の 皆 様 に 心 か ら 感 謝 申 し 上 げ ま す 。 い て 」 の 講 義 が あ り ま し た 。 ( 実 技 講 習 で は 児 玉 マ ト シ カ 、 釧 路 の 笠 原 姉 礼 儀 の 中 で セ ラ フ ィ ム 座 下 の 首 座 主 教 の 着 座 な り ま し た 。 し い も の に 歌 は 素 晴 ら ご 祈 祷 の 聖 - 4 - 認 、 祝 福 を 受 け ま し た 。 ク ワ 及 び 全 ロ シ ア の 総 主 教 キ リ ル 聖 下 よ り 承 え し た 通 り で す 。 こ の 決 定 は 、 同 日 付 に モ ス の 府 主 教 」 に 選 出 さ れ た こ と は 先 月 号 で お 伝 る ピ ア ノ 演 奏 が あ り 、 終 始 な ご や か に 会 が 進 ま た 仙 台 の マ ト フ ェ イ 土 田 兄 の お 嬢 さ ん に よ 主 教 座 下 、 ア ン ト ニ イ 座 下 の ご 挨 拶 が あ り 、 そ こ で 祝 賀 会 が 催 さ れ ま し た 。 セ ラ フ ィ ム 府 聖 体 礼 儀 後 は バ ス で 如 水 会 館 へ と 移 動 し 、 佐 藤 姉 も 指 上 磯 教 会 の 臨 み ま し た 。 聖 体 礼 儀 に の 徹 夜 祷 と そ し て 10 月 22 日 日 、 ニ コ ラ イ 堂 の 聖 体 本 正 教 会 首 座 主 教 「 東 京 の 大 主 教 及 び 全 日 本 が 開 か れ 、 仙 台 の セ ラ フ ィ ム 座 下 が 聖 自 治 日 伴 い 、 9 月 28 日 木 ニ コ ラ イ 堂 に て 臨 時 公 会 ダ ニ イ ル 府 主 教 座 下 が 永 眠 さ れ た こ と に わ れ ま し た 。 日 本 正 教 会 全 神 品 の 陪 祷 の も と に 着 座 式 が 行 ま た ロ シ ア 正 教 会 の 神 品 の 方 々 を お 迎 え し 、 長 ヴ ォ ロ コ ラ ム ス ク の 府 主 教 ア ン ト ニ イ 座 下 、 ゃ っ た ロ シ ア 正 教 会 モ ス ク ワ 総 主 教 庁 渉 外 局 キ リ ル 総 主 教 聖 下 の 代 理 と し て い ら っ し 習 し 、 本 番 ト ご と に 実 聖 歌 を パ ー た な 課 題 曲 習 お よ び 新 と 和 音 の 練 ( ) ) を 講 師 と し て 発 声 の ト レ ー ニ ン グ 方 法 、 音 階 式 が 行 わ れ ま し た 。 札 幌 管 轄 か ら は 私 エ フ レ ( ) ( た ト ム 。 フ 後 ェ 藤 イ の 平 他 井 、 執 パ 事 ル 長 メ 苫 ン 小 傳 牧 法 執 が 事 参 長 祷 札 さ 幌 れ ま 、 し マ セ ラ フ ィ ム 府 主 教 座 下 の 着 座 式

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2023.11.1 札 幌 管 轄 教 会 で 堂 役 の 奉 仕 を 始 め ら れ た な か っ た と み 付 い て い お 知 ら せ く だ さ い 。 礼 が 体 に 染 り で 、 奉 神 パ ラ ス ケ ワ 中 野 良 惠 は 祈 祷 書 頼 ま で の 自 分 ま す 。 こ れ ア ー に 参 加 、 普 段 は 入 る こ と の で き な い フ ィ の 案 内 で 50 分 の ツ フ ァ イ タ ー ズ ガ ー ル 流 れ を 頭 に 祈 祷 全 体 の す る 間 も な く 彼 方 此 方 と 動 き 回 る た め 、 予 め す る の に 対 し 、 堂 役 は 祈 祷 書 を じ っ く り 確 認 誦 経 や 聖 歌 隊 で は 楽 譜 等 を 見 な が ら 進 行 ニ ー ナ 三 浦 ニ ー ナ 姉 永 眠 札 75 幌 歳 教 会 地 内 を 散 策 し た 後 、 て 来 ま し た 。 広 い 敷 フ ィ ー ル ド を 見 学 し 広 島 に あ る エ ス コ ン 日 、 17 名 の 参 加 で 北 と 実 感 す る よ う に な り ま し た 。 堂 役 と し て 関 わ る に つ れ 、 ま だ ま だ で あ っ た い て は あ る 程 度 理 解 し た つ も り で い ま し た が 、 と 7 年 あ ま り 参 祷 し て い る た め 、 奉 神 礼 に つ 私 自 身 、 洗 礼 か ら 5 年 、 啓 蒙 期 間 を 含 め る ば と 思 い ま す 。 コ ン ス タ ン テ ィ ン 植 田 陽 紀 う 気 を つ け つ つ 、 色 々 な 形 で お 手 伝 い 出 来 れ 今 後 も 皆 さ ん の 祈 り の 邪 魔 に な ら な い よ ) - 5 - だ い て い ま す 。 た 年 秋 。 ぶ 今 り 年 晴 に は れ 開 見 の 催 学 10 し 会 月 ま を 11 し 4 婦 人 会 見 学 会 た だ い て い ま す 。 て い た だ き ま し た 。 く て も 中 々 で き な い 貴 重 な 経 験 を さ せ て い た 8 月 よ り 後 藤 神 父 の 下 で 堂 役 を さ せ て い い よ う の な い 感 慨 が あ り ま す ) で あ り 、 し た る コ ン ス タ ン テ ィ ン 植 田 で す 。 し て 聴 い て い る と "Sense of Wonder" 10 月 10 日 火 、 癌 の た め に ご 自 宅 で 療 ) 養 さ れ て い た 三 浦 ニ ー ナ 姉 が 永 眠 さ れ ま ー ル ド を 歩 き 、 選 手 の ベ ン チ で 写 真 な ど を 撮 ( し た 。 ニ ー ナ 姉 は カ ザ フ ス タ ン で 生 活 さ 入 れ て お く る こ と が 出 来 ま し た 。 ( ( ) れ 、 そ の 後 結 婚 を 機 に 札 幌 に 移 住 さ れ た と 必 要 が あ り そ の 後 、 く る る の 森 で 買 い 物 、 牛 屋 江 戸 八 ( ) す し 日 の 。 た 月 こ と 。 ニ に で ー 埋 す ナ 葬 。 15 姉 式 日 の 、 霊 な ら 日 の び に 安 に 通 息 納 夜 を 骨 パ お が ニ 祈 行 ヒ り わ ダ し れ 、 ま ま 16 ( ) 永 遠 の 記 憶 で 昼 食 を 取 り 、 教 会 で 解 散 し ま し た 。 今 後 の 見 学 会 、 リ ク エ ス ト が あ り ま し た ら ( 堂 役 の 奉 仕 を 始 め て ) コ ン ス タ ン テ ィ ン 植 田 兄 に 、 そ の 感 想 を 書 い と し か 言 3 年 前 か ら 札 幌 教 会 で 御 世 話 に な っ て い に ア ナ フ ォ ラ 〜 聖 変 化 の 辺 り の 祈 祷 は 、 集 中 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そ れ で も 神 父 様 の 側 で の 堂 役 は 感 動 的 ( 特 痛 感 し ま し た 。