生成AIは交通計画に使えるか: 交通系データベースと連携したデータ分析の可能性を探る

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November 22, 25

スライド概要

第72回土木計画学研究発表会・秋大会 企画セッション「IT・AIの活⽤と総合交通政策」(開催:福井工業大学)における発表資料です。

ChatGPTをはじめとする生成AIが人間の知的活動を支援し、また時には置き換えようとしているが、交通計画という分野にも近いうちにその影響は及ぶようになるだろう。本稿では、生成AIがパーソントリップ調査データやGTFSデータといった交通系データベースとMCPによって連携する環境を想定し、初期的な実験を通して交通計画の研究や実務で必要となるデータ分析がどこまで実現出来るか検討する。現時点の技術においても、生成AIは、単にデータ分析のプログラミング技術を代替するだけでなく、データの選定や理解、分析結果の解釈、分析結果を踏まえた更なる深掘りやレポート出力なども行おうとする。本稿では、いくつかの分析事例を示しながら生成AIの活用可能性について議論する。

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伊藤昌毅 東京大学 大学院情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター 准教授。ITによる交通の高度化を研究しています。標準的なバス情報フォーマット広め隊/日本バス情報協会

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各ページのテキスト
1.

2025年11月22日 福井工業大学 第72回土木計画学研究発表会・秋大会 企画セッション「IT・AIの活⽤と総合交通政策」 生成AIは交通計画に使えるか: 交通系データベースと連携したデータ分析の可能性を探る 東京大学 大学院情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター 伊藤昌毅

2.

2022年頃から生成AIの普及・発展 • x ChatGPT (OpenAI) 2022年11月〜 Gemini (Google) 2023年3月〜 Claude (Anthropic) 2023年3月〜 DeepSeek 2023年11月〜 Grok (xAI) 2023年11月〜

3.

AIの長期的なインパクトが確実に • 生成AIの登場・普及でAI開発が単なる道具ではなく、科学研究 の在り方そのものを変えるインパクトを発揮し始めている – 研究の高度化、高速化、自律的AIによる研究推進

4.

交通計画分野における生成AIの応用領域 • • • • データ融合と分析のための記述的タスク – – 交通関連データの収集、処理、統合、分析し実行可能な知見を抽出するタスク 交通システムの現状の把握やパターンの特定、異常の検知など – – 交通流、到着時刻推定、移動需要、インフラ性能などの交通トレンドを、過去データとリアルタイムデータを⽤いて予測 従来の、回帰モデルやルールベースのシミュレーション以上の、動的かつ多次元的な特性を捉えられる可能性 – – データが限定されるシナリオにおける疑似データセットの作成、仮説シナリオによるシミュレーションなど データ収集コスト、プライバシー問題、低頻度な事象など – 複雑で精度の高い交通シミュレーションの実現 交通計画における予測タスク データ合成やシナリオ生成といった生成タスク 有人運転と自動運転の混合まで想定した交通シミュレーションタスク • • 生成AIベースの交通システムにおける信頼性 – • 人間が運転する車両(HV)と自動運転車両(AV)が共存する状態の再現など AIを導入した際のプライバシー、セキュリティ、公平性、責任、説明可能性、信頼性という6つの主要な課題への対応 出典: Da, L., Chen, T., Li, Z., Bachiraju, S., Yao, H., Li, L., Dong, Y.,Hu, X., Tu, Z., Wang, D., et al.: Generative AI in Transportation Planning: A Survey, arXiv preprint arXiv:2503.07158, 2025.

5.

合意形成・意志決定へのAI応用 • 狭義: 計画策定の方法論の開発 • 広義: 合意形成や実践まで含んだ方法論 実験 検証 評価 課題の 共有 結果の 評価 計画の 方法論 地域で の実践 関係者 の合意 予算の 獲得 仮説 方法 論

6.

AIエージェントという方向性 • 目的を与えると、自ら具体的な計画を立て、試行錯誤しながら 目標を遂行する自律的なソフトウェア – スケジュール調整・予約管理 – 顧客の問い合わせ対応 – コーディング・プログラミング – データ分析 • 多くのLLMがAIエージェントを目指して進化している 「AIが地域の課題を発見・整理し交通計画を立てる」世界?

7.

そもそもなぜ AIエージェントなのか?

8.

大規模言語モデル(LLM, Large Language Model) • Transformer: – 2017年にGoogleの研究者らが発表したディープラーニングによる言語モデル。 – 翻訳、音声の生成、画像生成などに利⽤可能 – 現在のAI研究開発の中心的技術 • 大規模言語モデル – Transformerに大量の文章を学習させ、自然な文章を生成出来るようにしたモデル – 学習データが大量であるほど確度の高い文章の生成が可能に – 異なる言語も同時に学習し能力を高められる • それっぽい次の言葉を確率的に予測(生成)するシステム

9.

https://youtu.be/KlZ-QmPteqM?si=6bi9N5bfyIeLqpMt

10.

青空文庫を学習させたLLMの出力例 • もっともらしい言葉をつなげることで意味のある 文章が出力される(学習量が少なすぎる・数々の ノウハウが反映されていない等々の課題) https://youtu.be/KlZ-QmPteqM?si=C8nsyxXm0KjDh3oL&t=71 https://note.com/rk611/n/n4dfffbbed408

11.

システムプロンプトによって「チャット」に • 本来LLMは「次の言葉を予測する」技術 • ユーザからの入力の前に適切な指示文章を加えることで、LLM の出力を制御。通常は利⽤者は編集出来ない これはとても優秀なAIと人間との会 話です。 これは赤ちゃんとお母さんとの会話 です。 これはミステリー小説です。 地域公共交通の課題とは? いい質問ですね。地域公共交通にお いては、近年、交通空白が大きな問 題になっています。国土交通省では、 〜〜 バブバブ− そんな謎のメッセージを残して、一郎 は消息を絶った。財布やスマートフォ ン、毎日のように読み込んでいた時 刻表まで部屋に残したままだった。 〜〜

12.

プロンプト(コンテクスト)エンジニアリング • • プロンプトの工夫でより精度の高い解を得られる Chain-of-Thought (CoT). 2022 – Let’s think step by step. • 問いに直接答えるのではなく、タスクを実行するために細かいステップを書きだして、各段階を順番 に実行することで、同じモデルを利⽤した際でも回答の精度が高まる • • 例 前提 • • • – A駅→B駅は40分。9:00にA駅を出発。乗り換えには5分必要。B→Cのバスは毎時15分発で所要30分。 – C駅の到着時刻は? – – – – A→B:9:00発 → 9:40着 乗り換え準備:9:40 + 5分 = 9:45 以降に乗れる B→Cの発車は毎時15分 → 9:15は過ぎているので次は 10:15発 所要30分 → 10:15発 → 10:45着 問い CoT(段階) 最終回答:10:45着

13.

LLMは交通計画分野の問いにどれくらい答えられる か? • GPT-4とPhi-3-miniを以下の領 域で評価 1. 地理空間処理能力 2. 交通分野固有の知識 3. 渋滞料金シナリオにおける現実の交通 問題解決 • GPT-4は全評価レベルでPhi-3miniを上回り、GISタスクで 86%、MATSim理解で81%、実 世界交通意思決定支援で91%の 精度を達成 “Beyond Words: Evaluating Large Language Models in Transportation Planning”, Ying, Shaowei, Zhenlong Li, and Manzhu Yu, Geo-Spatial Information Science 1, 23 (2025).

14.

外部情報を参照し考えながら問題を解く自律性を獲得 • LLMが事実やデータを扱うのは不得意 • 学習にコストが掛かるので最新情報が反映されない • Web検索など外部ツールを含めた推論を行う • ReAct (Reasoning and Acting)フレームワーク – Thought→Action→Observationを繰り返して最終的な回答を得る – まずLLMに「どのツールにどのような問い合わせをすると答えに近づけるか」を出力さ せ(Thought)、次に実際にそのツールで問い合わせを行う(Action)。最後に、得ら れた結果をLLMに入力して観察する(Observation) – Thoughtは、最初は全体の状況を把握するようなところから始め、徐々に具体的な段階 に進んでいく – 思考と行動のループにより、LLMが自ら考えながら行動するように振る舞う

15.

ReActでデータベース問い合わせを実現 • 問い合わせ: 2024年の月別売上を部門別に集計して、各月の上位3部門を教えて。 • サイクル1: – T: まずは使えるテーブル名を把握しよう。注文や売上に関するデータが当てはまりそう – A: list_tables – O: ["orders", "order_items", "products", "departments", "customers"] • サイクル2: – T: 関連しそうな4つの表の具体的な形式を確認しよう。 A: get_schema("orders")…. – O: orders(order_id PK, customer_id, order_date timestamp, …) • サイクル3: – T: 4種類のデータを結合すれば求められそう。ウィンドウ関数で上位3部門を抽出するSQLを実行しよ う。 – A: run (SELECT date_trunc('month', o.order_date)::date AS month,…. – O: 結果のテーブルが出力される

16.

RAG/MCPでLLMに外部情報を与える • RAG (Retrieval-Augmented Generation) – 外部のデータベースから関連情報を検索し、その情報を参照して回答を作成する 技術 – LLMの学習データにない最新情報や専門知識、企業固有のデータなどを反映させ ることが可能に • MCP (Model Context Protocol) – AIと外部ツールやデータを接続するための共通規格 – 個別のシステム・ツールのAPIに対応する必要が無くなる

17.

交通計画分野におけるAIエージェント • 外部ツールとしてデータや交通分析ソフトウェアの操作を実施 • データ: 圧倒的大量の事実データをAIからアクセス可能に – 地図・路線・道路データ – ダイヤデータ・GTFS – 人流データベース – パーソントリップ調査データ • 交通分析ツール: データの基礎的な理解や分析 – GIS – 交通シミュレーション – 経路検索エンジン

18.

AIエージェントに 交通データを与える

19.

パーソントリップ調査データをMCPサーバに • 東京都市圏交通計 画協議会 第6回 (平成30年)デー タをダウンロード – 様々な観点でクロス集 計されたデータが公開 中 • 配布されたExcelを PostgreSQLに格納、 さらにMCPサーバ としてアクセス可 能に https://www.tokyo-pt.jp/data

20.

データ変換はPT2Postgresとして形式知に • AI-ready なデータ形式に – 可読のExcelデータ→縦持ちデータ に変換 – 集計行を排除 – 表記のズレなどを統一 • 変換プログラムのコーディン グ自体もChatGPTにほぼや らせて、自分ではほとんど コードを書いていない https://github.com/niyalist/PT2Postgres

21.

交通データ分析例 • データベース全体の理 解から始まり必要な データを探して解釈す るところから – 問いに対して数分〜10分 以上自走して分析する • SQL、Pythonなどを 駆使してデータ取得や グラフ作成を実施 • 数字の可視化だけで無 く、得られる知見を文 章などでも提示 10倍速再生

22.

AIエージェントに 交通分析ツールを与える

23.

交通データをより深く解釈するための分析ツール • 可視化や予測のような分析を行い、データをより深く解釈する – ビジュアルで得られる「結果」を更に解釈する必要 GIS: 地理的関係性の理解 到達圏: サービス水準の理解 シミュレーション: 容量や円滑性の理解

24.

QGIS制御の例 • 新幹線路線 図を作図す るよう指示 • 最初は主要 駅、指示を することで 全駅を作図 • なぜか途中 でデータが 破壊された 25倍速再生

25.

現時点での所感 • 明確な指示に従ってコードを書かせる⽤途においては大幅な生産性 の向上が確実(非エージェント的な使い方) – データベースのテーブル構造を指定した上でSQLを指示 – 入出力の形式を指定した上でPythonによるデータ処理プログラムを作成 • エージェントの動作は指示次第だが不安定 – データ分析は結果を完成させてしまうため、素材としては使いづらい – 更なるコンテクスト(プロンプト)エンジニアリングが必要か • ビジュアルのフィードバックはまだ足りない – 地図表示の結果などはAIに反映されない • セキュリティ的な不安も残る – 自由にPC内のファイルを編集、プログラムを実行 – 意図しないデータ漏洩や破壊が起こりかねない

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国土交通データプラット フォームがMCPに対応 • データの検索や分析が曖昧な知識 や指示でも可能に • 検索例 – 新宿駅近くの避難所を5件教えてください。 – 多摩川に関する地質データのファイルをダ ウンロードしたい。 – 国土交通データプラットフォームには災害 に関するデータはどのようなものがありま すか。 – 都庁付近で最も交通量の多い道路は。 https://www.mlit-data.jp/#/Page?id=news25110402

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まとめ: 生成AIは交通計画に使えるか • 生成AIそのものが持つ知識だけでは不十分 • RAG/MCPで外部データを⽤いることで、正確なデータに基づ く分析が可能に – 望ましい分析をするための指示の与え方はまだ研究が必要 • GISやシミュレータなどの分析ツールを組み合わせることで、 より深くて直感に近いデータ解釈が進む可能性 – ツールの連携がそもそも容易ではない – ビジュアルのフィードバックでも機能出来るかは今後次第 • 自動的に「交通計画」が立案される世界が来るか? – むしろ合意形成を支援するような方向に進めないか

28.

• 質疑