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August 21, 26
スライド概要
講演者:小林 和博 氏(MOAI-Lab CAIO / 青山学院大学 准教授)
近年、サプライチェーンマネジメントにおいて、領域ごとに専用システムを構築するアプローチが大きな転換点を迎えている。需要予測から配送・物流ネットワーク・リスク・収益管理まで、縦割りに分かれた意思決定問題に対し、長年研究開発されてきた数理最適化エンジン群をエージェントスキルとして再パッケージし、自然言語のひと言で適切なエンジンが選択・起動される枠組みへの転換が求められている。本講演では、こうしたスキル群と背後にある最適化モデルの考え方を解説し、領域横断のスキルを束ねた S&OP の自動オーケストレーションが、次世代の統合事業計画(IBP)の現実的な姿となりうることを論じる。
MIKIO KUBO is a professor at Tokyo University of Marine Science and Technology, a director (CTO) at MOAI Lab, a director at A* Quantum, and an adviser at Optimind. He works on supply chain management (SCM) with an emphasis on optimization and machine (deep) learning. He founded Supply Chain Risk Management Forum and MOAI Forum.
エージェントスキルによる サプライチェーン最適化 需要予測から統合事業計画まで 小林 和博(青山学院大学 / MOAI Lab CAIO) MOAI Forum 2026 研究部会
本講演の位置づけ 前の講演の続きとして、サプライチェーン領域への応用を扱います 前の講演:スキルとは何か、どう作るか = 器 本講演:そのスキルに何を詰めるか = 中身 – SCMの各領域には、数十年蓄積された数理最適化エンジン群がある – それを自然言語のひと言で選択・起動できる形に再パッケージする – 領域横断のスキルを束ねたS&OP自動オーケストレーション = 次世代IBP 2
目次 需要予測から統合事業計画まで、4部構成 第1部 なぜ SCM にエージェントスキルなのか 第2部 実行系スキル:予測・在庫・生産・配送 第3部 戦略系スキル:ネットワーク・リスク・収益 第4部 統合:S&OP オーケストレーションと次世代 IBP – 付録:各領域の定式化、実行画面、詳細事例 3
第1部 なぜ SCM にエージェントスキルなのか 4
SCM の意思決定は「縦割り」に分断されている スキルの仕組み 領域ごとに専用システムを構築するアプローチの限界 – 予測・在庫・生産・配送・NW設計・リスク・収益 — それぞれ独立した研究系譜 – モジュールごとに異なるデータモデル、操作画面、出力形式 – システム上は統合されていても、データ連携と部門間調整の負担が残る 「使うために専門家が要る」→ 結局は表計算と経験則に戻ってしまう 5
スキルは「業務の依頼窓口」として設計されている スキルの仕組み 利用者が自然言語で依頼できる内容 スキル 自然言語で依頼できる内容 需要予測 品目別・拠点別の需要を予測し、誤差・信頼区間・シナリオを評価する 在庫分類 重要度と需要変動の観点から品目を分類し、特性を可視化する 在庫最適化 発注点、発注量、安全在庫、補充方策をまとめて検討する 生産計画 ロットサイズ、能力制約、段取り、詳細スケジュールを整合させる シフト計画 人員の勤務条件と必要能力を満たす勤務表を作成する 配送計画 顧客、車両、時間枠、積載制約を考慮したルートを作成する 物流NW設計 拠点配置、輸送経路、サービス範囲、総コストを評価する サービスNW設計 ハブ配置、便の運行頻度、荷物の経路を一体で検討する 途絶リスク分析 拠点停止や輸送途絶が供給能力に与える影響を評価する 収益管理 需要、価格、在庫、供給制約を踏まえて収益を最大化する 統合事業計画 予測、在庫、生産、配送をまたいで整合した計画を作成する 6
スキルが実行していること スキルの仕組み 利用者が書くのは①だけ。②〜⑤はエージェントとスキルが担う 依頼から結果までの流れ スキルに埋め込まれたふるまい ① 利用者が自然言語で依頼する ② 依頼から、呼ぶスキルと解くべき問題型を決める 結果から対話を始める – 既定データで走らせ、まず叩き台を返す – 結果を見て「ここを変えたい」と言えばよい エージェント自身には計算させない – その場でコードを書かせず、 – テスト済みの計算基盤に委ねる → 正しさ・数値安定性・処理時間を担保 出力は次工程が使える構造で返す → 第4部の連鎖を可能にする ③ 入力を組み立てる – 前処理・欠損補完・既定値の補完 ④ 専門計算基盤を起動して解く ⑤ 結果を解釈して説明し、次のスキルへ渡す 7
そう振る舞うように、どう作ったか スキルの仕組み 前の講演のスキルの作り方を SCM 領域に落とすときに決めたこと ① 粒度は「業務単位」で切る – 「EOQ を計算するスキル」ではなく「在庫最適化スキル」 – 利用者は解法名では依頼しない。業務の言葉で依頼する ② description には「呼ぶべき場面」を書く – できることの列挙だけでは誤起動が増える ③ 詳細は参照ファイルへ追い出す – 本文は起動判断と手順だけ。細部は必要になってから読ませる ④ 出力形式を先に決める – 領域をまたぐ連鎖は、出力規約が揃っていて初めて成立する 8
SKILL.md の骨組み スキルの仕組み 中身はドメインごとに違うが、節の構成は共通にしてある 節の構成 各節の役割 --- メタデータ – エージェントが起動を判断する唯一の材料 name: 業務名 description: 何ができるか +どんな依頼で呼ぶか --- 即時実行のルール – 質問で止めず結果を返す/計算は専門基盤へ 意図と機能の対応表 – 業務の言葉と、内部機能の対応 ## 即時実行のルール ## 意図と機能の対応表 ## 入出力の形式 ## 参照ファイルの案内 入出力の形式 – スキル間で揃える。連鎖の前提 参照ファイル – 詳細は必要になってから読み込む 9
第2部 実行系スキル:予測・在庫・生産・配送 10
予測の4つの公理 需要予測 需要予測を実務で使うための基本姿勢 ① 予測は予測のためならず – 目的ではなく、後続の意思決定を支える手段。誤差が欠品にどう効くかを見る ② 予測は外れるもの – 的中ではなく「外れ方」を継続的に管理する ③ 集約すれば精度が上がる – 時間軸・商品軸・地域軸。ただし集約の粒度は用途で決める ④ 近い未来ほど予測しやすい – 遠い先ほど粗い粒度へ 11
依頼はこの一文だけ 需要予測 「ある電動アシスト自転車メーカーの直近24か月の機種別月次出荷実績 (製品ライフサイクルと季節性を含む)から、来期12か月の機種別需要を予測してほしい。 可能なら ABC 別の予測誤差サマリも合わせてほしい」 利用者が指定したのは、データと欲しいアウトプットだけ 予測手法も、平滑化係数も、季節周期も、ABC の閾値も指定していない それらはスキルが判断する。次ページがその実行画面 12
実例:電動アシスト自転車の機種別需要予測 需要予測 ひと言の依頼から、12機種・来期12か月の予測までを自動実行 13
その依頼が返した予測結果 需要予測 前ページの実行が出力した、来期12か月の需要(12機種の合計) 月 予測(台) 月 予測(台) 1月 145,551 7月 170,667 2月 149,737 8月 174,853 3月 153,923 9月 179,039 4月 158,109 10月 183,225 5月 162,295 11月 187,411 6月 166,481 12月 191,598 → 月あたり約 3,700 台ずつ増加するトレンドを検出。ライフサイクルと季節変動を分離している。 14
使用例:8,400 SKU の在庫方策総点検 在庫 重要度と需要変動の2軸で分け、区分ごとに適した方策を当てる 重要度が高いほど手厚く監視し、需要変動が大きいほど発注量を可変にする 変動 小(X) 変動 中(Y) 変動 大(Z) 重要度 高 (A) 連続レビュー (Q,R) Q は EOQ ベース 連続レビュー (s,S) 安全在庫を需要CVで増減 — 重要度 中 (B) 周期レビュー (R,S) レビュー周期 1週 周期レビュー (R,S) レビュー周期 1週 — 重要度 低 (C) — — 需要が立った時 のみ補充 (Q,R) = 発注点を割ったら定量 Q を発注 / (s,S) = s を割ったら S まで補充 / (R,S) = 一定周期ごとに S まで補充 — = 既存方策の維持で十分(パラメータのみ再計算)。方策を変えるのは 8,400 SKU のうち 2,232 SKU 在庫コスト ¥412M → ¥358M(▲13.1%) / サービス水準 95.4% / 在庫回転率 6.1 → 7.4 回/年 15
安全在庫の数理:(s, S) 方策と EOQ 在庫 在庫が s を割ったら発注し、届いた時点で S まで戻す 入荷して S まで補充 在庫量 S(発注上限) s(発注点) 安全在庫 SS 発注 時間 L(リードタイム) d:需要率(単位期間あたりの平均需要) L:リードタイム σ:需要のばらつき z:安全在庫係数 K:発注1回あたりの固定費 h:単位あたりの在庫保管費 図の右下がりの傾きが d。d L はリードタイム中の平均需要。EOQ は K と h が釣り合う点。 16
リスクプーリングと多段階安全在庫配置(SSA) 在庫 「在庫はバラバラに置くのではなく、まとめて置く」ことの数理的根拠 バラバラに置く まとめて置く 多段階安全在庫配置(SSA) 拠点A 拠点B 2 × SS 下流需要が独立なら、安全在庫は単純合計ではなく 二乗和の平方根に比例して増える – 共同管理係数 α:α = 2(独立)〜 α = 1(完全相関) 集約 √2 × SS 同じサービス水準を、約3割少ない在庫で達成できる – 各地点が下流に「何日以内に渡すか」を約束する この約束が保証リード時間 – 長く約束すればその地点の在庫は減るが、 下流の在庫は増える。全地点を同時に決める 各段階に少しずつ置くより、特定地点にまとめる 解の方が安い — 直列の教科書例でさえそうなる 17
ここでも依頼は一文だけ 在庫 「この化粧品・コスメ EC の SKU 群 (約3,000 SKU、需要平均・変動・リードタイム・原価・現行の (s,S) を含む)について、 現在の発注方針より総コストが低くなる方策を提示してほしい。 ABC分析を行い、サービス水準は 95% を維持できる範囲とする」 「サービス水準95%」が制約、「総コストを下げる」が目的 依頼文が、そのまま制約付き最適化の問題設定になっている どの品目にどの方策を当てるかも、安全在庫係数も、レビュー周期も指定していない 次ページがその実行画面、その次が返ってきた方策 18
在庫最適化スキルの実行画面 在庫 この一文から、ABC分析と方策設計までを自動実行 19
その依頼が返した在庫方策 在庫 約3,000 SKU の一律 (s,S) 方策を、ABC 区分別に差別化した結果 区分 SKU数 需要シェア 目標サービス水準 Aランク 555 70 % 98 % Bランク 1,285 20 % 95 % Cランク 1,160 10 % 90 % → 上位18.5%のAランクが需要の70%を占める典型的パレート分布。 → 需要加重平均のサービス水準を約54% → 95% へ引き上げつつ、年間総コストを削減。 20
配送計画:教科書の VRP と実務の距離 配送計画 配送最適化スキルが一つのモデルとして統一的に扱う拡張 時間枠 – 「午前10-12時、または午後3-6時に」という複数時間枠 車両 – 多次元容量・非等質車両、複数デポ、パス型(デポへ戻らない) 人 – ドライバーの複数休憩条件、免許・設備によるスキル条件 顧客 – 配達と集荷の混在、訪問しきれない場合の優先度 住所 → 座標変換と地図描画は、補助スキルが裏で担う 21
その依頼が返した配送計画 配送計画 「東京・大阪の2拠点から全国30都市へ、総距離を最小に」の一文から 4t車11台/総走行距離 4,128.3 km/平均積載率 83.5% 22
第3部 戦略系スキル:ネットワーク・リスク・収益 23
戦略系の4領域 戦略系 頻繁には行わないが、一度決めると影響が数年続く意思決定 ① 物流ネットワーク設計 – DC配置、工場立地、倉庫の統廃合、輸送モード選択、CO2削減 ② サービスネットワーク設計 – ハブ配置、便の運行頻度、車両割当、OD の経路選択 ③ サプライチェーンリスク管理 – 拠点停止・供給途絶の影響、テールリスクへの備え ④ 収益管理 – 限られた容量を、いつ、誰に、いくらで提供するか 24
途絶リスク評価は何をしているのか 戦略系 平均を少し犠牲にして、最悪側の裾を切る 縦軸:起こりやすさ 現状の期待値 推奨案の期待値 現状 最悪側 5%(テール) 推奨案 この裾の平均が CVaR ※ 模式図 横軸:損失(総コスト) → 右にいくほど大きな損失 期待値:¥1.84B → ¥1.97B(+7.1%) / CVaR 95%:¥4.21B → ¥2.06B(▲51.1%) +7%のコストで最悪損失を半減させる = 平常時の効率性と非常時のレジリエンスを同じ土俵で比較できる スキルは途絶シナリオを1,000通り生成し、期待値最小化方針と CVaR 方針を並べて返す 25
第4部 統合:S&OP オーケストレーションと次世代 IBP 26
領域は互いに独立していない S&OP・IBP 部門ごとに分かれた計画を、一つの整合した計画として束ねる – 需要予測が変われば在庫方針が変わり、生産計画も配送計画も変わる – 供給リスクや収益性を考えれば、どの市場を優先するかの判断も要る S&OP と IBP – S&OP:部門別の計画を整合させる仕組み – IBP:販売・供給・財務・リスク・収益性まで統合し、選ぶシナリオを判断できる形に → 利用者は計画とシナリオを自然言語で依頼し、エージェントが順序を決めて実行する 27
使用例:統合事業計画スキルによる一気通貫実行 S&OP・IBP 「当社の最新の販売実績、BOM、生産能力、輸送費を踏まえて、 今後12か月の S&OP 計画を立案してほしい。 需要予測、ABC分類、品目別の在庫方針、月次の生産計画までを通しで 実行し、エグゼクティブ向けサマリも付けてほしい」 需要予測 → 在庫分類 → 在庫最適化 → ロットサイズ最適化 → 統合 利用者は「どのスキルを呼ぶか」「何を次へ渡すか」を意識しなくてよい 28
スキルはどう連鎖するのか S&OP・IBP 各スキルの出力が、そのまま次のスキルの入力になる 需要予測スキル → 品目別・期別の予測値 在庫分類スキル → 重要度の区分 在庫最適化スキル → 安全在庫と補充方策のパラメータ 生産計画スキル → 期別の生産量と段取り回数 → 統合KPI(需要充足率・在庫回転率・総コスト) – 利用者はこの受け渡しを一切書かない。出力形式が統一されているから連鎖できる 29
S&OP スキルの実行画面 S&OP・IBP 4ステップ(予測 → 分類 → 在庫方針 → 生産計画)を、1回の依頼で実行 30
その依頼が返した統合 KPI S&OP・IBP 電動アシスト自転車メーカー、完成品3機種の6か月計画 指標 実績値 需要充足率(Fill Rate) 97.7 %(目標95%超を達成) 在庫回転率 8.6 回/年 総需要(6か月・3機種計) 28,303 台 → 4つのスキルの結果が矛盾なく整合した計画が、一度の依頼で立案された。 31
動画:AI 窓口から S&OP を実行する S&OP・IBP チャットで頼むと、裏で複数スキルが走り、KPI が返ってくる(90秒) 別フロントエンドでの実行例(同じスキル群を利用) 32
なぜスキル統合が「次世代 IBP」になりうるか S&OP・IBP 従来型 SCM システムとは異なる4つの利点 ① インターフェースが統一される – 自然言語という一つの窓口から全領域へ ② 領域をまたいだ整合性を保ちやすい – 上流の結果を下流へ自動的に渡せる。統合の労力が数週間〜数か月分減る ③ シナリオ比較が自然に行える – 会議中に「需要が10%上振れしたら」をその場で再計算できる ④ 継続的に改善しやすい – 領域ごとに独立して差し替えられる 33
実プロジェクトでは何が返るか S&OP・IBP 別事例:5,000 SKU × 20拠点 × 12か月の S&OP 計画 統合KPI(前期比) – 売上予測 +6.2%/在庫コスト ▲13.1%/生産コスト ▲8.4% – 顧客サービス水準 92.3% → 95.4% 経営層向け論点(要意思決定) – ① 西日本拠点の冗長能力に関する投資判断(CVaR分析と併読) – ② 新製品の立上げ時期(前倒し1か月で売上機会 +¥184M) – ③ 卸価格改定のタイミング → 計算結果ではなく、何を決めるべきかが返る 34
重要なのは規模ではなく「やり直しが軽い」こと S&OP・IBP S&OP を月次の儀式から日次の調整へ – 5,000 SKU × 20拠点 × 12か月の S&OP 計画を、通常の対話セッション内で完了 – 従来は前提を少し変えるだけで、各部門がファイルを更新し直していた – 需要の前提/サービス水準/能力制約/拠点リスクを、対話の中で変えて再実行できる → S&OP は「事前に作り込む計画」から 「会議中にも更新できる意思決定支援」へ 35
まとめ:認知的プロテーゼから自律的 SCM 意思決定支援へ S&OP・IBP 汎用エージェントに欠けている部分を、後付けで補う装置 – 汎用エージェントだけでは、SCM全体の意思決定を高品質に支援できない – 各領域に数十年の研究蓄積と現場知見がある。踏まえないモデルは実務で使えない – スキルは、その能力を自然言語で引き出せるようにする接続装置 S&OP の自動オーケストレーションは、その最も分かりやすい兆候 36
次世代 SCM システムの競争軸 画面の作り込みでも、個別アルゴリズムの優劣でもなく 「どれだけ厚みのある専門計算基盤を、 どれだけ自然なスキル接続点から、 どれだけ自律的に組み合わせられるか」 ご清聴ありがとうございました 37