Thomas-Fermi方程式のFEMによる解法

1.9K Views

December 22, 22

スライド概要

profile-image

主にC++,C#,Juliaを使っています。数値解析が趣味。 博士後期課程在学中。専門は第一原理計算。

シェア

またはPlayer版

埋め込む »CMSなどでJSが使えない場合

関連スライド

各ページのテキスト
1.

Thomas-Fermi方程式のFEMによる解 法 @dc1394

2.

自己紹介      Twitter: @dc1394 所属:放送大学教養学部教養学科4年 マテリアルサイエンス修士 量子力学の数値計算をやっています. 最も興味のある分野 第一原理計算  密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)   第一原理計算やDFTについては,よろしければ以 下URLの拙作のスライドやQiitaの記事をご覧くだ さい. https://www.slideshare.net/dc1394/ss-26378208  https://qiita.com/dc1394/items/1bb597b27d7511c e31ba 

3.

Thomas-Fermi方程式とは  Thomas-Fermi方程式とは,密度汎関数理論 における局所密度近似において,交換エネル ギー項を無視した際に得られる全エネルギー の式 運動エネルギー  (電子-核間 の)Coulomb エネルギー 電子-電子間のCoulomb エネルギー (Hartreeエネルギー) を,原子に適用した際に現れる非線形常微分 方程式であり,密度汎関数理論において重要 な方程式である.

4.

Thomas-Fermi方程式とは   Thomas-Fermi方程式(以後T-F方程式と呼ぶ) とは,以下の非線形常微分方程式(導出は割愛) である. この方程式に解析解はない.   数値解を求める必要がある. 境界条件はy(0) = 1, y(∞) = 0 数値的に解く際には上記は無意味である.  y(xmin), y(xmax )の二点境界値問題にしてむりやり解く. 

5.

常微分方程式の二点境界値問題  常微分方程式の二点境界値問題の数値的解法 の種類は以下である. 狙い撃ち法  有限差分法  有限体積法  有限要素法   狙い撃ち法と有限要素法の組合せでT-F方程式 を解く.

6.

有限要素法とは    有限要素法(Finite Element Method, FEM) とは,数値解析手法の一つであり,解析的に 解くことが難しい常微分・偏微分方程式の近 似解を数値的に得る方法の一つである. 方程式が定義された領域を小領域(要素)に 分割し,各小領域における方程式を比較的単 純で共通な補間関数で近似する. 構造力学分野で発達し,他の分野でも広く使 われている手法である.

7.

有限要素法の例    右図は有限要素法の 例. 赤線が厳密解,青線 が有限要素法で求め た数値解. 厳密解にそって区分 線形近似されている ことが分かる. https://qiita.com/Sunset_ Yuhi/items/4c4ddc25609 a7619cce0 より引用.

8.

原点に十分近い点での境界値y(xmin)  y(x)の展開式を用いて,原点に十分近い点xminで の境界値を決定する. 論文[1]によれば,y(x)の展開式は,  であり,またy(x)の微分y’(x)は,     である.ここで,B = y’(0)であり,同論文によれ ば,B ≒ -1.588076779である. なお,このy(xmin)とy’(xmin)を使って,T-F方程式 を初期値問題として数値的に解こうとしても,遠 方で発散する. [1] M. A. Noor and S. T. Mohyud-Din. Homotopy Perturbation Method for Solving Thomas-Fermi Equation Using Pade Approximants. International Journal of Nonlinear Science, 8(1)(2009): 27-31.

9.

遠方での境界値y(xmax)    次に遠方xmaxでの境界値を決定する.論文[1]に よれば,遠方で漸進的に, とある.ここで,λ = 3.886, x0 = 5.2415であ る. [1] M. Desaix, D. Anderson, and M. Lisak, Eur. J. Phys. 25, 699 (2004).

10.

T-F方程式の反復による解法  (1)式を直接,有限要素で離散化するのは難しい.  しかし(2)式なら,有限要素で離散化するのは容易である.   以下のような繰り返しによりT-F方程式を解く. 初期関数y0(x)はどうするか?  狙い撃ち法で求める.

11.

狙い撃ち法とは  常微分方程式の,初 期値問題と境界値問 題の違いは,後者は 始点だけでなく終点 も指定されることで ある.   つまり,初期値問題と 同じ方法でfnまで求め て,境界条件から外れ ていたら,逐次修正す れば良い. この方法を狙い撃ち 法と呼ぶ. http://www.slis.tsukuba.ac.jp/ ~fujisawa.makoto.fu/lecture/m ic/text/09_derivative2.pdf より引用

12.

初期関数y0(x)   T-F方程式を適合点への狙い撃ち法で解き(常 微分方程式の解法には,予測子修正子法の一 種であるAdams-Moulton法を用いる),その 解を初期関数y0(x)とする. なお,Adams-Moulton法は,Juliaの DifferentialEquations.jlに実装されているので, これを使う.

13.

適合点への狙い撃ち法の問題   適合点の値xmatchは任意であるが,概ねxmatch = 10.0~15.0程度でないと収束しない. なお,適合点での狙い撃ち法は,適合点で値 が「異なる」ので,精度の高い解が得られな いが,初期関数y0(x)とするには十分である. x xminから解いたy(x) 9.998 0.0243354 9.999 0.0243308 10.000 (xmatch) 0.0243262 xmaxから解いたy(x) 0.0244253 10.001 0.0244206 10.002 0.0244160

14.

要素方程式  最も単純な形状関数である1次要素によって,T-F 方程式を離散化すると,要素方程式は以下のよう になる.  ただし,Aeの要素Aij(i, j = 1, 2)は,  であり,beの要素bi(i = 1, 2)は,   である.ここで,x0e, x1eはe番目の要素をなす2節 点のx座標,l = x1e - x0eは線分要素の長さである. なおbeは,数値積分により求めなければならない.

15.

要素方程式から全体行列と全体ベ クトルを生成する    全体行列と全体ベクトルを生成するには,全 体行列の対角要素(最初と最後を除く)が隣 接する要素からの寄与の合計であることに注 意して,要素ごとに上式を重ね合わせること で可能である. 最終的に,[K]{u} = {f}という連立一次方程式 に帰着する. ここで,[K]は全体行列,{f}は全体ベクトルで ある.

16.

全体行列と全体ベクトル  全体行列[K]と,全体ベクトル{f}は,次式のよ うになる(簡単のために[K]が4次正方行列の 場合を考える) . [K] {u} {f}

17.

境界条件処理   連立一次方程式[K]{u} = {f}を数値的に解く前 に, 全体行列[K]と全体ベクトル{f}に境界条 件処理を施す必要がある. 境界条件にはDirichlet境界条件とNeumann境 界条件があるが,[K]と{f}に施す必要があるの は前者である.

18.

Dirichlet境界条件の組み込み  Dirichlet境界条件を組み込む前の式は以下で ある(簡単のために[K]が4次正方行列の場合 を考える). [K] {u} {f}

19.

Dirichlet境界条件の組み込み  Dirichlet境界条件を組み込んだ後の式は以下 のようになる. [K] {u} {f}

20.

[K] をメモリに格納するための工夫  1次要素だと,連立1次方程式[K]{u} = {F}の [K]が対称三重対角行列になるので,[K]は2次 元配列を使わなくても,単に配列を2つ用意す るだけで済む.   これはメモリの節約になる. Juliaでは,対称三重対角行列を格納するため に,SymTridiagonalという専用の型が存在す る.

21.

1次混合    入力と出力が一致する解を得るために,最も 簡単な1次混合法を使う. すなわち,i + 1段階での改善された入力関数 yi+1inは,i段階でのyiinとyioutを用いて,次式で 与えられる. ここでαは任意のパラメータであるが,α = 0.1程度としないと収束しない.

22.

反復法の収束の判定     yiは(数値計算上は)ベクトルと見なせる. ここで,yioutとyiinの差のベクトルの大きさを NormRDと適当に名付け, NormRD = |yiout – yiin|と定義する. このNormRDがある閾値(criterion)未満に なった場合(NormRD < criterion),収束し たと判定する. ここで,criterionは任意のパラメータである が,10-13程度が限界のようである.

23.

フローチャート 初期関数y0(x), [K]の生成,[K]の境界条件処理 β(x), {f}の生成 {f}に境界条件処理 連立方程式を解きy(x)を求める 収束したか? YES 終了 NO

24.

T-F方程式の数値解とエネルギー      以上の解法で得たT-F方程式の数値解は,文献 [1]に載っている,T-F方程式の解の数表と「ま あまあ」一致している. T-F方程式の解から得られる中性原子のエネル ギーは,Zを原子番号として, である. [1] E. U. Condon, Halis Odabasi. Atomic Structure, Cambridge University Press, Cambridge, 1980 ちなみにこの本はGoogle ブックスで(全部ではないが)読める.数表のペー ジのURLはこちら: http://bit.ly/1fRQ71T

25.

T-F方程式の数値解とエネルギー    ここで,y’(0)は,有限要素法と補外によって得た 値を用いる. 著者のコードでは,y’(0) = -1.5459(エネルギー の値は,Zを原子番号として,E = -0.7483Z7/3 (Hartree))であり,この値は文献[1]の値とまあま あ一致している. [1] E. U. Condon, Halis Odabasi. Atomic Structure, Cambridge University Press, Cambridge, 1980

26.

Thomas-Fermi方程式の解のグラフ

27.

Thomas-Fermi方程式の解のグラフ (y軸対数目盛)

28.

実行画面

29.

インプットファイル

30.

並列化による高速化    昨今のCPUには,少なくとも2つ以上のCPUコ アが内蔵されており,この複数のCPUコアを 同時に使うことで,処理を高速化できる. ただし,複数のCPUコアを同時に使うために は,プログラムのコードを適宜書き換える必 要がある(自動ではやってくれない!). なお,複数のCPUコアを同時に使う(並列化 する)ためには,マルチスレッドによる並列 化とマルチプロセスによる並列化がある.

31.

並列化    このプログラムのボトルネックは,初期関数 y0(x)とbeを求める部分である. 前者は並列化できないが,後者は並列化でき る. 従って,この部分をプロセス並列化あるいは スレッド並列化できれば,プログラムの高速 化が見込める.

32.

スレッド並列化       著者のコードではスレッド並列化で計算速度の向 上を図っているが,その効果を検証したのが次 ページの表1である. 計測環境: CPU: Intel Core i9-10980XE (Cascade Lake-X, Hyper Threading ON (物理18コア論理36コア), Enhanced Intel SpeedStep Technology OFF, Turbo Mode OFF) Juliaのバージョン: v1.7.0-beta3 OS: Linux Mint 20.2 - Cinnamon (64-bit) 物理メモリ:32GB (8GB×4, DDR4-3200)

33.

スレッド並列化のパフォーマンス 表1 並列化の有無の効果の比較(三回の平均) 計算時間(秒) 並列化効率 収束時のNormRD スレッド並列化なし 15.8 1 9.2×10-14 スレッド並列化あり 10.3 1.53 9.2×10-14 ※計算時間とは,総経過時間から,結果出力処理の時間を差し引いた時間を 差す   並列化により,1.53倍のパフォーマンス向上 に成功していることが分かる. 並列化による誤差は確認できない.

34.

課題  この方法で得たy(x)は,精度がそれほど良くな い.   Lobatto多項式のような,より複雑な形状関数を 用いる必要性 反復回数が多すぎる.  Broyden法やPulay法などの,より高度な混合法 を用いる必要性

35.

まとめ      Thomas-Fermi方程式を,狙い撃ち法および 有限要素(1次要素)による離散化と反復法に よって,数値的に解いた. 得られた結果は,文献の結果とほぼ一致して いた. 高速化をめざして,マルチスレッドによる並 列化(スレッド並列化)を試みた. スレッド並列化は効果があった. 並列化による誤差は確認できなかった.

36.

ソースコードへのリンク  このプログラムのソースコードは,GitHub上 で公開しています.   https://github.com/dc1394/thomasfermi_julia ライセンスは2条項BSDライセンスとします.

37.

参考サイト  Pythonで1次元有限要素法(Poisson方程式) - Qiita   https://qiita.com/Sunset_Yuhi/items/4c4ddc25 609a7619cce0 Internet-College of Finite Element Method  http://www.fem.gr.jp/index.html